大奇襲作戦
崩壊暦215年1月19日18:45
「ははは!いいぞ!撃て!撃て!」
大声で命令とも言えぬ命令を下すのは、氷山戦艦ハバククの艦長、トレスコウ大佐である。
また、ハバククの乗組員は彼と同じ程度に熱狂していた。ここまで一方的な戦闘には未だかつて遭遇したことがないからである。七面鳥撃ちとでも例えようか、最早ゲームである。
ハバクク最大の特徴、それは潜水戦艦であるということである。艦そのものの比重が水より軽い以上、これを沈める仕組みさえ造れば、浮かべ方は心配せずとも良い。
また、浮沈艦というのも真実だ。
「敵軍、後退しています」
「このまま追え!ただし、敵の後ろを狙い、絶対に遅れるなよ」
「はっ!」
ハバククが敵艦隊の真下にいる限り、撃たれることはない。だが、逆に言えば、敵に離れられた時点で同等の戦いに持ち込まれてしまう。
これを防ぐべく、逃げる敵艦隊の後方を集中砲火し、その足並みを狂わせる。このお陰で、ハバククの方が速度は遅いが、未だに敵と並行出来ている。
だがその時、トレスコウ大佐が恐れていた事態が起きた。
「敵艦、我が艦に向かって落ちてきます!」
「よし、一隻くらいはそう来ると思っていた」
上にいる飛行艦を撃墜すれば、それはまさにハバククに落ちてくるだろう。十分に予想されたことだ。もっとも、それの軌道は明らかにハバククを目指しているが。
「どうされますか!?」
「決まってるだろう。全艦、潜航!」
それと同時に艦内にサイレンが鳴り響く。これら艦上、艦外にいる者は速やかに艦内に戻れという合図である。そして時を置かずして、ハバククを囲う海水が渦を巻き始めた。
「敵艦、高度1000!」
「潜航完了まで40!」
潜航が間に合わなければ、ここ艦橋は全滅する。間に合えば、哀れに浮かぶ敵艦を眺められる。二つに一つだ。
「高度800!」
「残り20!」
「ふう。勝ったな」
トレスコウ大佐は安堵の息を吐いた。敵さんがご丁寧に安全装置を付けてくれたお陰でハバククは無傷で済みそうだ。
「まもなく艦橋も沈みます」
「了解だ」
艦橋からの光景は、一時水泡が支配した。しかし、それもやがて美しい海中のそれへと変わる。
「敵戦艦が沈んできたら、そのまま浮上せよ」
「つまり、ハバククの上に、戦艦を載せると?」
「そうだ。いい煽りになるだろう?」
ハバククは何をされても沈まぬと見せつけてやるのだ。それと、ちょっとした紳士精神も見せよう。
やがて敵の戦艦が水中に入ってきた。対してハバククは浮上を開始、哀れな戦艦を救ってやる。
再び巨大な水飛沫が上がり、空へと飛び立たんばかりの勢いでハバククは現れた。
「敵艦隊に遅れています」
「これは仕方ないな……まあ深追いはしなくていい。落とせる限りの敵艦を落としてやれ!」
海中にいる間に距離を若干離されてしまった。どうやら神はナチスに慈悲を与えたらしい。もう追い付くのは無理だ。
「閣下、ライエン大将より、通信が入っています」
「繋げ」
こんな時に大将閣下から通信が来た。
「ライエン親衛隊大将だ」
「トレスコウ親衛隊大佐であります」
「ああ。用件を言おう。大佐は、敵艦橋を地の果てまで追い続けよ」
「これ以上の戦果拡大はあまり望めませんが?」
ここから先は、寧ろ危険の方が大きい。敵が離れてしまう。
「はあ。ハバククもゼカリヤも浮沈艦だろうが。目的は敵を追いたてること、わかったな?」
「それは何故にでしょうか?」
「飛行艦隊で敵水上艦隊を撃滅する時間稼ぎだ」
「はっ。了解しました」
「では、さらばだ」
つまりは、未だに互角で止まっている海軍同士の戦いに飛行艦隊を投入する為の露払いだ。ヨーロッパ国軍が考えていただろう作戦も、実行するのは我ら合衆国軍なのである。
「全艦、最高時速で前進せよ」
「はっ」
ハバククは引き続き前進し、敵艦隊がロンドンに近寄るのを阻止する。完全なる勝利が親衛隊の前に今まさに転がっているのだ。取り逃がす訳にはいかないだろう。




