アムステルダム出港の日
崩壊暦215年1月18日09:12
アムステルダムに結集した艦隊は5個艦隊。その総旗艦を努めるのは大和である。
指揮系統に関しては、左翼の2個艦隊はド・ゴール上級大将が預かり、右翼の2個艦隊をレーマー大佐(ゲッベルス上級大将腹心の部下)、全体の纏め役をゲッベルス上級大将が預かる形となる。
また、海軍は鈴木中将とマーシャル大将がそれぞれ預かり、デーニッツ大将が名目上の総司令官として、両者の戦術を作戦に昇華させる。
また大和の事情は少々複雑である。その艦橋にはゲッベルス上級大将が陣取り、彼が東條少将の席を取る。そして、東條少将はというと、大和の艦長とゲッベルス上級大将の副官という立場となる。
当然ながら彼のスタッフも来ているから、この艦橋はいつにも増して狭苦しい。もっとも、戦場でそんなことを気にしている場合ではない。
「閣下、アメリカ連邦軍、グラスゴー西200kmに接近しました」
「了解だ。全艦、準備は出来ているな」
ゲッベルス上級大将は言う。
既にアメリカ連邦はグレートブリテン島北部へと進行しており、あと数時間で戦端が開かれる距離まで来ている。また、欧州合衆国軍もそれに対する迎撃体勢を固めている。
「全艦、いつでも出撃出来ます!」
「よし。鈴木中将とマーシャル大将にも連絡を」
「はっ」
マーシャル大将は北海の南の方で、鈴木中将はブレスト沖(フランスの北西の端)で陣を敷いている。当然彼らにも確認を入れる。
「両名共に、攻撃の準備が整っているとのこと!」
「よし。全軍、準備完了だな」
陸海共に準備が整った。今や、ゲッベルス上級大将の号令一つでロンドン総攻撃が開始されるのだ。だが彼は目前の艦橋の人々に向けて語りだした。
「東條少将、そして大和さん、改めて、この艦を使わせてもらつて、感謝しています」
「ヨーロッパ風に言うところの、騎士道の精神というものです。どうか、お気になさらず」
東條少将は言う。
「ええと、どういたし、まして」
大和も言う。今回は、艦橋に付けられたスピーカーとマイクを通しての会話だ。だが、何故なのか、このAIの方が言葉が下手だ。
「緊張、という概念があるのかは分かりませんが、あるのならば、落ち着いて下さいね」
「緊張は、確かにあります。そして、今、緊張しています……」
「ははは。緊張することはありませんよ。貴女のいつも通りを、見せて下さい」
ゲッベルス上級大将は紳士の如く声をかける。だが、その声には何処か大和をからかうような気色が見え隠れしていた。
「何分、海軍の指揮は初めてなのと、あと、異国の船を指揮するのも同様です……」
「なに、海軍も陸軍も大して変わりませんよ。ただ少しばかり波の影響が大きいだけです」
「それですって」
「まあ、練習してきましたし、大丈夫でしょう」
一応大和は戦術シミュレータで海軍の指揮を学習してはいる。異国、つまりヨーロッパの船についても同様だ。だが、やはり実戦となると不安は残るものである。もっとも、何故に機械が不安を抱いているのかは解せないが。
「はい。頑張ります」
「それで良いのですよ。では、仕事に移りましょうか」
「了解です」
「戦艦大和の指揮システムを全艦隊に接続せよ」
ドーバーを電波が駆け巡る。やがて、数瞬の間を置き、陸海軍合わせ500近い艦艇全てが大和一隻に接続された。今や、全ての艦の制御は大和の内にあるのだ。
「戦闘が始まれば、暫くはお話しできなくなります」
大和は金輪際の別れを告げるかのように言う。
「要は、勝てば良いんだろ?勝って、また、元気なお前と話そうじゃないか」
東條少将は溌剌と応えた。
「ええ、閣下。それに、我らが大和が負けるはずがありませんよ」
近衛大佐は誇らしげに言う。
皆からの激励に、大和はただただ感謝の言葉を並べた。彼女の不安も幾ばくかは除かれたことだろう。
「それでは、今度こそ本当に行きましょう。全艦、目標ロンドン、出撃せよ」
ついに艦隊は動き出した。暗雲立ち込めるロンドンへ。雲霞を掻き分け勝利を手中にするは、果たしてどちらの陣営か。
次回からやっとバトル・オブ・ブリテン始まります。




