開戦の報Ⅱ
「で、大和、どうなんだ?」
ともかく、大和を呼んだ理由はこんな雑談に時間を浪費するためではない。一応念のために彼女の許可を取る為だ。
「はい。問題ないですよ。ただ、若干、この私、つまり人格を作るメモリーを戦術演算に回すかも知れないので、暫くお話出来なくなるかもしれません」
「お前の処理能力でも、少し辛いのか」
「はい。特に、水の上の船は、それ自信が波の影響を受けますから」
「なるほどな」
ここにいる大和は、本人曰く、戦艦大和艦載AIの余ったメモリーを使って作り出している人格らしい。しかし、いざとなれば、メモリーも片端から使わねばならない。その時、大和の人格は一時的に存在出来なくなるのだ。
「とのことです、総統閣下」
「わかりました。ご協力に感謝します」
「いえいえ。大切な友邦であり、しかも相当な支援を頂いているライヒを、我々が助けない筈はありません」
「ありがとう。もちろん我が党も、可能な限りの支援を尽くしますよ」
「宜しくお願いします」
今のところ、日本国残党軍、自由アフリカ、ヨーロッパ国の仲は極めて良好だ。それが損なわれる日が来ないことを、ただただ祈るばかりである。
「しかし、ライヒの海軍は、脆弱なのですよね?」
東條少将は言う。確かに、海軍の大半はイングランドに持っていかれてた。
「確かに、私もそう認識していますが、アメリカ連邦から海軍艦艇200隻が来る予定なので、問題はないでしょう」
「ですが、念のためにも、我々の海軍を参戦させた方が良いかと」
「どれくらいの船があるのですか?」
「およそ100隻、それも、空母、戦艦を十分に含んだ主力艦隊です」
これは、先のクーデターの時に帝国を裏切った艦艇の数である。このお陰で、海軍力だけはアラブ連合と同等くらいのものを揃えられている。その代わり、大日本帝国の方は海軍力不足に悩まされていたりする。
「ですが、そうすると、海では2つの頭で戦うことになり、芳しくない事態にはならないでしょうか?」
「これは今決めるべきではありませんが、例えばドーバー海峡の東西から敵を挟み撃ちにする格好にすれば、互いに独立した艦隊でも、戦えます」
「なるほど……」
ヘス総統は腑に落ちない様子だ。指揮系統が統一されていなかったばかりに崩壊した軍は、歴史を探せばいくらでも見つかる。
それこそ、第二次世界大戦の時のドイツ第三帝国の敗因は、ヒトラー大総統が総統命令を濫発したという点が大きい。
「これは、デーニッツ大将などと話してから決めるべきのようです」
「ええ。構いませんよ」
「では、確認ですが、自由アフリカは海軍を派遣出来ると」
「はい」
「では、こちらで吟味の上、海軍を要請するか否かを決めさせて頂きます」
「了解しました」
ヘス総統は軍の専門家ではない。これは妥当な判断だろう。
「これで伝えるべきことは伝えました。それでは、また会いましょう」
「ええ。さようなら」
かくしてヘス総統は去った。艦橋に広がるのは、やっと一難去ったという安堵である。そもそも、一国の総統が戦艦の艦橋にいきなり現れるのがおかしいのである。
「いや、しかし、東條少将閣下もご成長なされた」
突然、近衛大佐は言う。
「な、何だ、急に」
そして東條少将は見事に面食らってしまった。
「何と言いますか、やることが東郷大将に似てきましたな」
「そうか?」
「私もそう思いますよ」
大和も便乗してきた。だが東條少将の方には心当たりがない。
「どういうところが?」
「今の閣下は、とても堂々としておられる。いや、最初の方は何と弱々しいかな、これで大丈夫かと思っていましたが、東郷大将の読みは正しかったようですな」
「そうか……」
近衛大佐は陽気な声で凄まじく人の心を抉ってくる。まさかそんなに酷評されていようとは、全然知らなかった。そして終いには大和も乗っかってきた。
「ああ、そうか、そういうことにしておこう。総員仕事に戻れ」
「はっ。了解です」
その後、海軍の派遣要請などが通達され、即座に鈴木中将のもとにも伝えられた。久しぶりのマトモな戦争に、鈴木中将は意気揚々としていた。
そう言えば、作戦名は「ポセイドン作戦」とされた。全ての海を統べる神、この作戦には丁度いい名だ。何故ならば、後の世において、これこそが世界最大の作戦と称されるからである。
動員された兵力は、莫大であった。飛行艦隊は双方合わせて11個およそ350隻、水上艦は500隻に及んだのだ。




