抜錨
ちょっと前の「攻城戦」の1個前の回が抜けてたことが判明しましたので、別になくてもそんな問題ない話でしたが(ダメだろ)一応ご報告です。
それから更に一日が経ち、ニューヨークの港にてのこと。
ニューヨーク近海には既に200隻を超える大艦隊が停泊している。戦艦、空母を中心とした打撃部隊であり、アメリカ連邦が保有する艦艇の70%である。そしてその上空には更に60隻の飛行艦隊が太陽を覆い隠している。
水上艦隊の旗艦は戦艦モンタナである。海軍は、陸軍の戦艦モンタナなど知らんと言い張り、名前も艦種も丸かぶりの艦が二つあった。しかし今や陸軍の方は轟沈し、こっちのモンタナがアメリカ唯一の戦艦モンタナである。
もっとも、まだ出航には早い。マーシャル大将もまだ陸にいる。港の横の小高い丘から艦隊を見下ろしていた。
「マーシャル大将、こんなところにいたのか」
そこに声をかけたのはチャールズ元帥である。
「はい。少々、外の空気でも吸いたいと思ったまで」
「そうか。まあ、そういう時もあるし、将校も適切に休んだ方がいい」
「そうですね」
ここには港の騒音も大して届かない。ただ、波が打ち寄せる音だけが聞こえた。
「上手くいく自信はあるか?」
チャールズ元帥は言う。
「失敗するとは思えません。成功の公算の方が余程高い。よって、自信はあります」
「そうか。そう思っているなら、問題はない」
「そうですか。しかしどうして、そのような自明な質問を?」
「自明か?今は、海軍にとっても、とても万全の状態とは言えない状況だろう?」
確かに、準備期間は本当に数日しかなかった。ロッキー山脈での勝利から、日本軍が行動を再開するまでの僅かの間に作戦を実行しなければならなかったからだ。この大艦隊すら、海軍が出せる最大の実力と比べれば、些か弱体である。
「確かに、時間が許せばこれよりはマシな戦力を用意出来るでしょう。ですが、武人たるもの、用意された状況の中で最善を尽くすしかない。仮定の話など、時間の空費でしかありません」
「確かに、そうだ。貴官が本気でそう思っているなら大いに結構だ」
「それは、私が不安がっていると?」
「いや、そうは思っていない。ちょっと、時間を空費してみただけさ」
「そうですか。残念ながら、本当に、無意味でしたね」
「ほう。それは良かった」
マーシャル大将が本当に自信を持って臨んでいるのか、チャールズ元帥には確証はなかった。そうであるとも思えるし、そうでないとも思える。ただ、自信満々であるのなら、こんなところに空気を吸いには来ない。艦隊に、モンタナに居ればいい。
「今、この瞬間しか、チャンスはない。これを逃したら、少なくとも泥沼、運が悪ければ大敗北だ」
「その程度のこと、とうに解っています」
「そうだな。まあ、とは言え、勝てないと思ったらさっさと逃げてこい」
「は?恐らく戦場は流動的となる。我々が壊滅しても、ヨーロッパ国軍が残っています。そうすれば、最終的には勝てる可能性が、如何なる状況においてもあるでしょう」
例えば、海軍の艦艇を全て特攻させてロンドンの港を破壊すれば、ヨーロッパ国軍が晴れて上陸してくれるだろう。海軍など自今は必要ないのだから、それは戦略的に勝利と言える。
「そういう問題ではない。人の命は、大切だろう?」
「確かにそれは不変で普遍の原理ではありますが、軍隊においては兵士など数字の1に過ぎないと思いますが」
「確かに、全くの正解だ。だがな、まあ………これは命令でも何でもないし、別に艦艇を壊滅させても、何の問題もない。だが、貴官は人に『死』を命じたことがあるか?」
「ありませんが」
「一回、やってみるといいかもな」
「善処します」
「いや、するなよ」
チャールズ元帥はすかさず突っ込んだ。
なるほど、無傷の海軍は戦争をしたことがないという訳だ。いくら机上で演習し、何をすべきかを解っていても、それが実行出来るかは別問題だ。
と、そこで、マーシャル大将にメッセージが。何故か懐中時計風に改造してある端末には「至急艦橋にいらして下さい」とある。
「閣下、失礼ながら、ここで艦橋に向かわせて頂きます」
「そうか。ではまた、ここで会おう」
「……善処しましょう」
かくて二人は丘を去った。
崩壊暦215年1月15日、アメリカ連邦陸海合同艦隊がヨーロッパに向けて出港した。彼らが導くのは希望か絶望か、まだ誰にも分からない。
何気に今章最終回です。そろそろナチスと愉快な仲間たちの方に行きたかったので。




