逆落とし
崩壊暦215年1月11日19:12
「まさかこれでバレないとはな。日本軍の目も節穴だな」
ニミッツ大将は笑った。
「科学技術に頼り過ぎた結果、でしょう」
ハーバー中将もなかなか得意げであった。日本軍の慌てぶりといったら、散々苦汁を飲んできた側としては、愉快というものだ。
米軍の作戦は至った単純、山の後ろに隠れていただけである。何の迷彩も施していないし、何の工夫もしていない。やっていることは古代、中世と何ら変わらないものだ。
ただそうなると、レーダーの類いに引っ掛かることは一切ない。古代の武将ならば木々の動きからこちらの存在を察せられただろうが、当世の軍隊はそういう能力を失ってしまった。
「こうも高度差があると、我が艦隊に傷すら付かないな」
「はい。ただし、山脈から離れますと、エンジンがオーバーヒートしますので、ご注意を」
「わかっている。今はひたすら砲撃、砲撃だ」
「それが賢明でしょう」
よくよく考えれば、山のてっぺんから砲撃というのも、中世とやっているとこが同じだ。
現状、試合はワンサイドゲームである。立ち込める煙は米艦隊のところまで上がってきている。しかし両将軍は、日本軍の様子がどこかおかしいと思った。
「どうして、奴ら、逃げないんだ?」
「相手の指揮官が精神錯乱であるか、或いは……」
どことなくチャールズ元帥の姿が浮かぶのは掻き消して、ハーバー中将は思考を加速させる。
「まさか、やもすれば、敵はこちらに突撃する気かもしれません」
「突撃?そんな自殺みたいな……な……奴ら本気か!?」
その瞬間、ハーバー中将の予想は的中した。日本軍は全力でロッキー山脈に突撃を仕掛けて来たのだ。
「ええい、返り討ちにせよ!」
「か、閣下!砲弾が当たりません!」
「なに?」
「日本軍が近すぎて、これ以上砲塔を下げられません」
「くそっ。そういうことか」
山の頂上に陣取っていては、真下を撃てないのは当然の理だ。それどころか、山脈から一定の距離より近づかれた時点で、寧ろ主砲が強力であるが故に、砲撃戦は不可能となる。これが大昔の青銅大砲ならば、そんなことはなかったのだが。
「ミサイルで牽制!敵を寄せ付けるな!」
「閣下、それでは無意味でしょう」
この距離でミサイルを撃ったところで、迎撃されるだけだ。極限まで接近した段階においては有効かもしれないが、つまり接近を拒否することは出来ないのだ。
「ああ。気休め程度にしかならんな。だが、どうする?」
「私に策があります」
「何だ?聞かせてくれ」
「はい。問題は、主砲がこれ以上下げられないという点にあります」
「ああ」
甲板をより下に主砲を向けることは出来ない。このままでは、、舷側の副砲くらいしか使えないだろう。
「ならば、艦ごと下に向けてしまえばいいのです」
「どうやってだ?……いや、そうか、山を這わせればいいのか」
「はい」
山の斜面にそって艦を着陸させれば、艦は著しく傾くことになる。そうすれば、斜面を登ってくる日本軍に砲弾を浴びせられるのだ。
「そして、現状、高度を上げない限り、敵は脅威ではありません」
「そうだな」
「よって、敵が山脈を登り始めたあたりで、この作戦を実施するのが良いでしょう」
「よし、わかった。まあ、暫くは待ちだな」
日本軍が近づいてきたところで、恐るることなどない。例え日本軍が直下にいようとも、その主砲弾が届くことはない。まずは、狼狽したふりでもして日本軍を誘き寄せるよう。
「さて、我々の思惑には気づいていないようだな」
「はい。このまま、限界まで引き付けましょう」
山脈の裾までは残り2kmである。
「敵、高度を上げ始めました」
「ほう、早いな」
「まだです」
「ああ、わかっているぞ」
若干の想定外だが、問題はない。飛行艦が単体で上がれる高度など、たかが知れている。まだその時ではない。
たった数分のことであったが、それは長い時であった。
「敵、山脈に沿って上昇を始めました!」
「来たか。全艦、錨を下ろし、全力で高度を落とせ!」
ニミッツ大将の号令と同時に、米艦隊は糸が切れたかのように急速に落下した。同時に地面と艦を固定し、ずり落ちないようにする。
木々はことごとく折れ、またエンジンの炎で燃えた。しかしそんなものは艦隊にとっての問題ではない。炎の中に浮かび上がる艦隊とは、格好がいいではないか。
その時、ニミッツ大将は勝利を確信した。




