攻城戦
とは言え、戦う以外の選択肢はない。
「距離50、射程圏内に入りました」
「わかった。全艦、砲撃開始!」
「か、閣下、もう、撃たれるのですか?」
伊藤中将は総攻撃を早速指示した。しかし、それはおおよそ兵法の常識に反するものであった。
距離50、つまり50kmというのは、艦砲の射程の限界値である。確かに、砲弾を物理的にその距離だけ飛ばすことは可能ではあるが、精度など全く期待出来ない。
「ああ。どの道、要塞は動けない。どこかから敵艦隊が出てきても厄介だ。気長にいこうじゃないか」
「はっ。了解致しました」
「頼むぞ。全艦に通達、時間はいくらかけても構わないから、確実に要塞を破壊せよ、と」
伊藤中将が下すは、多少(いや結構な量が無駄になるが)砲弾が無駄になっても、艦隊に被害が出るよりはマシであるという判断である。
「敵、発砲!」
「来たか。全艦、回避行動を取れ。距離は維持、砲撃、雷撃を継続せよ」
「了解!」
何が良いかと言えば、艦隊は動けるのである。砲弾が飛んでくるまでに回避は可能なのだ。要塞にそんなことは出来まい。しかし一方で、帝国艦隊の唯一の脅威は対艦ミサイルである。
「敵ミサイル、第一波、来ます」
「ああ。まあ、余裕だろうがな」
その言葉通り、米軍の対艦ミサイルはことごとく撃ち落とされる。帝国が誇る精緻な迎撃システムに綻びはなく、ミサイルであった鉄屑が地に雨のように降り注いだ。
「こちらの対艦ミサイルは取っておけ。攻撃は砲撃だけで十分だ」
「しかし、それでは砲弾が不足しませんか?」
「その時はその時だが、取り敢えずはこれでいこう」
「はっ」
その後、帝国艦隊の被害は若干に留まり、逆にロッキー山脈はクレーターまみれになった。掘り返された土のお陰で山脈の色はすっかり変わっていた。かつて緑豊かであった山麓は、今や土と火の色しか見えない。
「ここらで十分だ。全艦前進。同時に、残ったやつは対艦ミサイルで破壊する。全艦ミサイル斉射!」
残った僅かな砲台だけでは、対艦ミサイルの迎撃など出来まい。出来たとすれば、それは何らかの形で敵艦隊が潜んでいる証拠になる。
対艦ミサイルは斉射、残った砲台の数と同じ数の群れに分かれ、閃光を放ちながら進んでいく。
米軍も精一杯の努力をした。しかし多勢に無勢。僅かなミサイルが落ちたが、それが戦局を左右することはない。飛来した対艦ミサイルは次々と命中、装甲は砕け、弾薬は誘爆した。
「迎撃されたものは僅かです。敵全砲台、沈黙」
「まったく、雑魚どもしかいないな」
「でも、これだけとは、思えないです」
雨宮中佐は言う。やはり、罠の可能性が心配なのだ。
「ああ。私もそう思っているさ」
「ですよね……でしたら、どうするのですか?」
「まあ、警戒を厳とする、くらいしか思い付かないな」
何せ敵がいないのだ。対策も何もない。今のところ、艦隊の全てのレーダーを駆使しても、鉄屑しか見当たらない。不自然な地形もない。
「取り敢えず、ロッキー山脈に近づこう。今はそれしかない」
「はい。わかりました」
彼女の顔から不安の色が消えることはなかった。
艦隊は前進する。されど、近づけど近づけど、燻る炎以外に動きなし。ついにソナーをも使った探索も始まるが、それも効果なし。見えるがままの地形が確認されただけであった。
「このまま、近づくのですか?」
「ああ。そうだ」
巨大なロッキー山脈と比べれば、飛行戦艦など矮小な存在に過ぎなかった。高さにしても、山々の方が現在の高度の数倍は高い。普通に考えれば、山と山の谷間を抜けていくのが良いだろう。
だがその時、それは起こった。
「閣下!山脈の頂上に、敵艦隊出現!数は30、いえ、なおも増大しています!」
「奴ら、やりやがったな……数は?正確に伝えよ!」
「数、およそ140!4個艦隊です!」
「敵、発砲!」
米艦隊は圧倒的な高度に現れた。そして、現代の戦争の勝敗は、およそその高度によって決まる。つまり、帝国艦隊は圧倒的に不利なのである。
敵の砲弾は降り注ぐ。米軍はただ砲弾落とせばいいのだ。そしてそれは勝手に加速される。
両軍の距離もちょうど最悪なところだ。帝国艦隊は艦砲を極限まで上に上げなければならないが、それは命中精度を著しく下げることを意味する。
更には、例え砲弾が当たれど、これ程の高度差があらばその威力は殆ど削がれてしまう。最早、鉄の塊をコンとぶつけたような形にしかならない。
「閣下!どうしますか!?」
そして彼が下した判断もまた、後の世から称賛されるものとなる。




