来訪
崩壊暦214年1月3日11:48
「来られてしまった、内親王殿下が……」
「確かに、若干厄介やも知れませんね」
構う事なく不敬罪を犯しているのは鈴木大将と森大佐である。
先ほど、叡子内親王率いる増援部隊が到着した。数はおよそ半個艦隊、帝国本土で生産されたばかりの新品に、ベテランと新入りを混ぜた乗組員を詰め込んだ形だ。オホーツクで鈴木大将が失った戦力を補って余りあるもの戦力である。
叡子内親王が乗艦するは戦艦摂津である。こちらは昔からある戦艦だ。その内装は和泉と並ぶ壮麗さで知られる。しかして、それが和泉のすぐ隣に着陸したのである。
「さて、お迎えに上がろうか」
「それがいいです」
鈴木大将は重い腰を上げ、和泉のタラップに向かった。
もちろん内親王殿下をお迎えする準備は整っている。天皇陛下の第一皇女に対しては当然のことだ。
儀仗隊は立ち並び剣を構える。軍楽隊は諸々の軍歌を流し歓迎の意を示す。他方、その外側では重武装の兵士が幾人も目を光らせている。戦車も幾らか配置されている。軍事的物々しさと儀式的壮麗さが共存する空間、それがここである。
「殿下、畏くも天皇陛下より近衛艦隊を預からせて頂いております、鈴木平一大将であります。この度は、わざわざこのような北の地にご足労を賜り、誠より御礼申しあげます」
鈴木大将はいつもの二角帽を取り、恭しく頭を垂れた。森大佐も当然それに倣う。
「そのような極端な礼は不要です、鈴木大将」
「はっ。申し訳ありません」
普段は敬意など微塵も感じられない鈴木大将も、内親王相手では流石に威儀を正す。しかし、どうしてだかこういう時はそれを止められてしまった。
「そう。私などを所詮は陛下の子供というだけです。何の勲功も挙げていません」
「確かにそれは事実です。しかし、殿下は敬われるべき方です」
「血統にものを見出しますか」
叡子内親王は、何故か徹底的に自分を低く見せようとする。だが、皇族の中でも第1位の皇位継承権を持つ彼女が敬われない筈がない。3000年の血統こそが帝国の根幹であるのだ。故に鈴木大将は内心に困惑を覚えていた。
「はい。皇室の血統は、無条件に敬われるべきものです」
「そうですか。あなたも、そういう人なのですね」
「では逆にお聞きしたい。何を以て人は敬われるのでしょうか?」
「人は、生まれ出でた後、何を為したかによって尊敬されるべきです。華族の者共も、私の親戚の者達も、何も為さないならば、敬われるべきではない」
「なるほど。確かにそれは本来、人があるべき姿です」
皇族でありながら、自ら積極的にその権威を否定する姿は、正に徳を持った女性のそれであった。確かに今の帝国貴族は特権に依存する者も多い。それを嫌うのもまた理に適った行動だ。
さて和泉の入り口なでやってきた。
「でしたらば、殿下は自らの位を否定なさるのですか?」
「はい。その通りです」
すごいことを言う人だ。叡子内親王殿下は。
「でしたら、その……」
「私は!……」
突然、叡子内親王は何か決心をしたような声を出した。
「私をあなたの部下にして頂きたいのです。鈴木大将」
「え、何と!?」
「ですから、私をあなたの部下にして欲しいのです」
「え、そ、そうなのですか……」
余りにも突然、性急、衝撃的な要請だ。こんな事態、前例などある訳がない。もちろん、徴兵令は皇族にも適用されるから、一兵卒として皇族の方を配下にすることはあるが。いや、だが、そもそも彼女がどういった形を望んでいるのか、わからないではないか。
「もし仮に、殿下が私の部下になるとしましょう。その時は、どのような形を望んでおりますか?」
「鈴木大将の望む形で構いません。如何なる形でも良いと、陛下からの勅許も賜っていますから」
急にそんな純粋な目をされると困る。
しかし、下手に素人を司令部に入れるのも褒められたことではないし、かといって二等兵にするのも憚れる。結論、どうしたらいいか分からないのである。
「殿下、今少し、お話しましょう。艦橋に行こうと思っていましたが、予定を変更し、小応接間にて、諸々のことを話しましょう」
「はい。鈴木大将がそうしたいのであれば」
「ありがとうございます。では、こちらです」
これは長話になりそうだ。本来話したかった内容も併せて、最早艦橋での立ち話で解決する分量ではなくなったのだ。幸いにして、今向かっている小応接間は綺麗な状態が保たれている。内親王殿下を入れるのにも、悪くはない場所だ。
「森大佐、艦橋に行き、色々と、よろしくな」
「わかりましたよ、閣下。では、失礼させて頂きます」
森大佐は去る。残った二人は進む。




