オホーツク地上戦Ⅰ
その後の日本軍の行動は、当に信じ難いものであった。何かの冗談だと言った方が、余程現実味がある。
「日本軍の戦車は、時速10km程で、北上、しています」
「なに?戦闘は既に始まっているのかな?」
それは当然の解釈。10kmというのは、数学的に言えば平均速度であって、先頭の中でもゆっくりと進んでいるのを、そう表現したのだろうと思われた。もっとも、それにしては速い気もするが。
「いいえ、閣下」
確かに、硝煙などは一切見えない。
「では、どういうことだ?」
「それが、本当に、時速10kmを維持しながら、悠々と走行しているのです」
「は?まあ、報告は信用するが、詳しいことを、報告してくれ」
あまりにも想定外、意味不明この上ない行為に、辛うじて残る理性が、事務的に詳細を問うた。ジューコフ大将は明確な情報を欲した。
だが、現地からの情報が来たところで、それはジューコフ大将をますます混乱させるだけであった。
曰く、日本軍は綺麗な方陣を組んでオホーツクのメインストリートを行進しており、あたりには「抜刀隊」の合唱が鳴り響いていると。
つまるところ、他国の都市のど真ん中で交戦中に軍事パレードをやっているのである。それも無人の街中を。単純な不気味さを感じたのは、ジューコフ大将だけではない。
とは言え、その進路は明らかにオホーツク基地に向かっているし、まさか放置する訳にもいかない。
「閣下、どうされますか?攻撃、させましょうか」
「いや、流石にまだ待て。攻撃して下さいと書いている敵は、基本的に攻撃しない方がいい」
これは、これ自体が何かの罠であるか、あるいは更に遠大な罠の一環なのか、いずれにせよ敵の狙いに乗る必要はない。
だが、罠だとしても、それが思いつかない。明らかに人がいるから自爆も出来ないし、新兵器があの戦車に積んであるとしても、たかが知れている。
人類の技術にも限界というやつはあって、例えば砲弾なら、ビル一つを一発で吹き飛ばす、くらいが現実的な限界であろう。反物質砲弾でも作れれば別だが、人類は未だに反物質を大量生産する技術すら持ち合わせていない。
要するに、草薙の剣の時のような衝撃は、地上戦においてはあり得ないということだ。
「そうなると、気になるのは未だに動かない奴らですね」
「ああ。その通りだ。あの装甲車の方に何か仕掛けがあると見るべきだな」
「ですが、どう対策するのですか?もしも爆弾でも付いていたら、どうしようもありません」
「確かに。だったら、そうだな、防衛線を、3重、いや4重に引き直そう」
「了解です」
もしも地上特攻兵器でも使われれば、1重の防衛線は一瞬で突破されてしまう。ここは、多重の防衛線を引くのがセオリーだろう。
それに、普通に戦う為の防衛線を除いては、分厚く作る必要はない。それこそ、車の動きを止められる程度のバリケードさえあれば良い。全く戦闘には役立たないが、相手はそこでカードを切るしかなくなる。
実に素晴らしい嫌がらせだ。
それから30分後、バリケードは即座に完成した。基地からありったけのバリケードを持ってくるだけの話であった。
そして、この間、抵抗が一切ないにも関わらず、日本軍は5kmしか前進していない。なおもパレードは盛大に続いている。
だが、そこでようやっと動きが見えた。
「閣下!敵の装甲車が動き出しました。あの戦車隊を挟むように、東西に展開しています」
「速度はそれなりですが、前進はしないようです」
「なるほど。まだ、準備中か」
東西に展開するというのは、前進しているというよりも、全車がスタートラインに並んでいるようであった。おおよそ8km幅を空け、3つの集団が、中心の基地を睨んでいる。どのレーンも、アクセルを踏めば基地まで一直線である。
「地図は把握されたと思っていいな。それに、防衛線の配置も」
遠方から望遠して指揮を執るという異例の状態が故に気づかなかったが、オホーツク上空は日本軍が占領している。
いつでも基地を消し去れる位置にいる筈だが、そうしないのは、向こうの指揮官も正々堂々たる勝利を望んでいるからだろう。今、互いの矜持は一致している。
「そろそろ戦いは近い。あと30分もすれば、いやそれ以内には戦闘は始まっているだろうと、前線各将校に伝えてくれ」
それは、装甲車が本気を出せば容易に防衛線に接触出来る時間設定だ。
また、そうこうしているうちに、パレード戦車隊も道途の3分の1まで進んで来た。やはり都市というものは狭いのだ。




