ヤ号作戦Ⅱ
「敵巡洋艦、急速に加速、高度5400付近にて、我が方に向かってきています」「敵巡洋艦は依然日本軍の射程のうちにあり、撃墜は困難」
やがてそれらは動き出した。
「弾はまだまだ余裕がある。兎に角撃ち続けよ!」
だが敵艦の撃沈は困難である。対空砲弾のような、爆発物でミサイルを撃墜する類の兵器に対し、ミサイルを一点に集中させるのは愚の骨頂だ。戦術としては、ミサイルを広範囲に散らばらせ、対空砲火の密度を低くすべきである。だが今は、一点終始以外の選択肢がないのだ。
「命中弾は多少あります。しかし、どれも決定的な打撃にはいたっていません」
巡洋艦と言えど、もちろん当たりどころ次第ではあるが、ミサイル数発程度では沈まない。攻撃を始め12分、そしてやっとエンジンを破壊したという朗報が入った。
「敵艦、高度低下」
「後は時間の問題、か……」
エンジンを破壊すれば、まともな航行は出来まい。だが、どうも嫌な予感が残っている。ジューコフ大将がこれまで戦ってきた日本軍は、こんな簡単な策に訴えるだろうか?
「今、奴らは斜め下方に進んでいるだろう?仮にそのまま直進したとして、何処まで行くか計算してくれ」
「了解。……こちらです」
一瞬で返ってきた答えに驚きつつも、ジューコフ大将はメインスクリーンを見る。さっきの計算結果はここに映る。
解答は、オホーツクの外れ、海岸から13.2kmの地点であった。つまり、少なくとも全ての海上戦力の頭上を通り抜ける形となる。
「都市への爆撃、ですかね?ちょうど工場が破壊される位置です」
「いや、違う」
「な、何故ですか?」
「今は戦術の舞台だ。戦略は関係ない。工場を破壊したところで、影響が出始めるのは1ヶ月後、まさか日本軍が1ヶ月間あそこに居座りはしないだろ」
都市を攻撃するなど無意味な行為だ。双方共に、求めているのは今現在の戦術的勝利である。オホーツクが誰の手に渡るかによって、趨勢が変わる、即ちこの戦いの勝敗が戦略的勝敗そのものだからである。
であれば、彼らの狙いはただ一つ。
「高度を落とすなんて何時でも出来る。敵の狙いは依然としてアーセナルシップだ。そろそろ、主砲を構えようか。全艦に全ての火器を用いて、全力で巡洋艦を撃沈するよう伝えてくれ」
何がどうあれ、撃沈以外の選択肢はない。内陸にまで届く特攻艦からの逃げ場はない。
「撃ち方始め!」
たった3隻の巡洋艦の為に、その15倍の戦列艦が砲火を浴びせる。袋叩きもいいところである。
「着弾!大穴開けました!」「艦橋が吹き飛びました」
これは有効だ。砲弾は迎撃出来ない。そして強力だ。敵艦の主砲や艦橋は尽く折れ、海に落ちた。だが、それが特攻に影響を及ぼすことはない。主砲などエンジンとは関係ない。砲弾と火薬を積んでいれば別だろうが、見る限り中身は空っぽである。
「敵艦、高度2000を切りました。未だに動きは止まりません!」
「非常エンジンを使っているのか。道理で……」
非常エンジンは強化の装甲に覆われており、破壊は極めて困難だ。空に浮き続けるような出力はないが、しかし、ゆっくりと地上まで落下することは出来る。日本軍はそれを逆手にとって特攻に使用したという訳だ。
「オホーツクの全砲台を開けよ!何としてもあれを沈めろ!」
最早あれを沈めるには(普通に考えれば今まさに沈んでいる最中だが)、完全に船体を破壊しきるしかない。火力、火力の勝負である。
既にオホーツクに用意してあった砲台を全て解放し、三次元的にアーセナルシップを守る。オホーツクは相当に強力で、それだけで一個艦隊と互角に戦えると言われている。もっとも、クレイジー都市代表のロンドンには及ばないが。こちらは3個艦隊と互角に殴り会えるとあだ名されている。
とは言え、最強の都市だった筈のサンフランシスコが一瞬で陥落したアメリカ連邦と比べれば、オホーツクは遥かに強力である。
「あれは無人!心配は無用だ。エンジンから破壊してしまえ!」
国際的な慣習として、船底のエンジンは撃たないことになっている。これは、単純に死者を減らすだけでなく、その艦を鹵獲し使う為でもある、ウィンウィンな慣習であった。
しかし、今は無視しよう。
ミサイルは軌道を変え、破壊し尽くした上部は無視し、下腹部から巡洋艦を破壊しにかかる。いよいよ全ての装甲が剥がれてきた。
その見た目は最早、現代風の幽霊船そのものであった。




