ヤ号作戦Ⅰ
崩壊暦214年12月30日13:25
「敵艦隊、前進し始めました」
「攻撃を強化せよ。ランチャーが壊れる限界までだ。ただ、くれぐれも事後だけは勘弁してくれよ」
「了解です」
オホーツク上空の戦艦ソビエツカヤ・ロシアでは、ジューコフ大将が極東艦隊を見守っている。ソビエト軍の旧極東軍は壊滅し、指揮系統が崩壊した為、残存戦力は一つに纏められ、こうして彼の指揮下に入った。
敵は唐突な行動を始めた。最後の突撃でも敢行しようとしているのか、こちらの対艦ミサイルなど恐れもせぬ有り様で、全速力でこちらに突撃してきている。だが、オホーツクまでまであと2時間はかかる。恐れることはない。ない筈だ。
だが妙である。これまでの敵将は明らかに現況を把握し、消極策とは言え、およそ最善の策を繰り出してきた。それが、攻撃となると、その知性を捨て去ったかのように考えなしの突撃を仕掛けてきたのである。
と怪しむが、実際ジューコフ大将が同じ立場だったら、恐らく同じ選択をしていただろう。現状維持だけならば、緩慢な死を迎えるだけだ。それくらいなら、満身創痍となれど、勝利を求めるべきである。
「ああ、日本軍はやはり強いな。本当に一発のミサイルも通していない」
「今のところは、その通りです。ですが、いずれ、彼らの防空網が破綻する時も来ますよ」
「そうだな。まだ、近距離とは言えないからな」
別段、艦隊が動こうと、防空能力に何らの影響を及ぼすことはない。
だが、両軍が近づくにつれ、ミサイルが届くまでの時間も短くなる。それ即ち、日本軍を支えている対空砲弾が無力化されるということだ。それに、近くから射出される物体を撃ち落とすより、遠くから射出される物体を撃ち落とす方が簡単に決まっている。
さて、まだ戦況に変化なし。極東艦隊が全力をもって攻撃しようと日本軍は全て跳ね返してきた。
「そろそろ、かな」
「はい。そう、思われます」
「さて、どうなる?」
それから、距離は45kmを切った。対空砲弾もそろそろ限界だろう。完璧だった筈の日本軍にも綻びが見え隠れ、ちらほらと煙が出ている。着弾の狼煙だ。
だが、その嫌らしいところで、日本軍は止まった。
「止まった?何をする気だ?」
砲撃戦でも始めるか?ならば退くだけである。ミサイルも依然こちらが量で圧倒している。それにまだ切り札もある。ジューコフ大将には、日本軍がここで取れるオプションはおよそ見当たらなかった。
「か、閣下、敵巡洋艦3隻が、上昇し始めました」
「上昇?」
何がしたいのか検討がつかない。
「それにミサイルを叩き込め。面倒ごとは、先に消しておこう」
備えあれば憂いなしと、ジューコフ大将は、怪しい動きをする巡洋艦を沈めることとした。だが、なかなかミサイルも届かない。日本軍は全力で3隻の巡洋艦を援護し、その動きは決して止まらなかった。
だがそこで、ジューコフ大将は何かを察していた。
「3隻……アーセナルシップの数だ……高度を上げ……そこから逆落としでもする気か!」
今、ジューコフ大将は敵の意図を理解した。これはつまり、アーセナルシップを撃沈する為の特攻作戦に他ならないと。ならば、すべき事は唯一である。
「あの巡洋艦どもに攻撃を集中せよ!いや、他の艦は無視してもいい。全てのミサイルと砲弾を投入せよ!」
攻撃目標は明確になった。たった3隻の巡洋艦目掛けて数百のミサイルが押し寄せる。しかし、それを迎撃するのは残り100隻の艦隊である。そう簡単には届かない。むしろ、目標を点にした分に迎撃が楽になってしまっているのだ。
「もう少し引きつけよ。敵のカバーが届かない距離までだ。あと、オホーツクの砲台も全開しておいてくれ」
ここに、投入し得る全てが投入された。
海の王、アーセナルシップだけは、沈んでは困る。これが沈めば、ソビエト軍は極東を放棄せざるを得なくなる。「大日本帝国、ロシア東海岸封鎖」など、そんなニュースは御免である。
そうなれば、一応の共闘仲間であるアメリカ連邦との連絡手段が潰えてしまう。中央アジア回廊も、戦時下となれば自由な航路など許されまい。最悪シベリアは多少取られてもいいが、極東は不味い。
「さあ、来い」
ジューコフ大将はスクリーンの向こうの日本艦隊を睨みつけた。




