サンフランシスコ再制圧
崩壊暦214年12月28日19:21
「最後に残っていた敵が、白旗を揚げました!やりましたね!閣下!」
雨宮中佐の言に、艦橋にはにわかに歓声が上がった。
それは勝利の瞬間であった。27日間にも及ぶ激闘の末、遂に、サンフランシスコは陥落した。これを以って、アメリカ西海岸上陸は完遂された。
「諸君、よくやった。しばらくは、休もう。艦隊を着陸させ、最低限の者だけを残し、あとは寝たまえ」
伊藤中将は疲れ果てた声で言った。
「はっ!いやあ、やっぱり、飛んでる時の戦艦って、寝にくいですからね。地上に降りられるだけで、幸せです」
「確かにな。寝心地は良くない」
「ですよね」
戦艦金剛、というか第一艦隊全ては、サンフランシスコ攻防戦の最中ずっと、空中給油を受けつつ空に浮かんでいた。もちろん艦内に布団はある。だが、戦艦と言えど揺れは常につきまとい、快適な睡眠環境は得られなかった。
空港に降りれば、久しぶりに揺れない床の上で寝られるのである。
「ただ、艦内の快適空間を、前線の将兵に使わせてやりたいんだ。1ヶ月も戦い続けて、まだ野営地しか使えなくては、兵士の士気も落ちるだろう?」
「確かに、その通りでありますね」
「ああ。つまり、私が何を言いたいか、解るか?」
暫く誰も応答しなかった。いや、したくなかった、理解したくなかったのだ。
「え、つ、つまり、私たちが部屋を譲らなきゃいけないんですか?」
雨宮中佐は不安と嘆願の混じった弱々しい声で問う。
「そう、大正解だ。ここにいる諸君は、屋外の野営地で寝てくれ」
「ええ〜〜」
それは一言で言い表すと絶望であった。
太古の昔から、野営地というものはさして進化していない。今なお野営地はただのテントである。そして、現在の気温は12℃。寒すぎるということはないが、快適という程のものではない。
いや、確かに、前線の将兵に艦を貸すのは正しい道理である。だが、どうしても、艦内で寝たかった。
「そ、その、私は女子ですし、部屋を貸すのはちょっと……」
雨宮中佐は抵抗を試みる。
「ああ、安心してくれ。中佐の部屋はちゃんと女性に貸すよう手配しておく」
「え?いや、その……」
「ん?前線にも女性は多いぞ。闘う意思のある者なら、帝国軍は誰でも歓迎するからな」
「は、はい……」
伊藤中将は雨宮中佐の意図を絶対に理解していた。だが、彼は基本的に意地悪なのである。加えて、今回は伊藤中将の方が正しい。雨宮中佐に抗する手段は最早なかった。
その後、AIに決めさせた部屋に各人が入り、前線を戦った将兵は温暖な、後方で艦を操っていた将兵は肌寒い夜を過ごした。それに、野営地など、アスファルトの上に薄い布団を敷いて寝るような感じだ。ここにふかふかの布団の用意などない。
さて、皆は寝静まった。だが、伊藤中将は自室で何やら通信を行っている。
「第一艦隊司令長官、伊藤中将です。この度は、サンフランシスコが我に降伏したことを、ご報告します」
「中将、大義であった。帝国軍には、今後とも、全ての敵を滅するまで、奮戦を期待している」
「我が身には過ぎたるお言葉であります。全ては陛下の御威光が故にございます」
通信相手は大本営である。多くの軍人が戦場に出向き、そこに実在するのは主に大臣らである。だが、将軍らも、モニターを通しこれに参加しているのだ。
「早速ですが、伊藤中将、参謀本部の命令をお伝えします」
そう言いは山本中将である。
「大本営は、可及的速やかにロッキー山脈を越えることを望んでおり、伊藤中将にその任が任されました」
「なるほど。何らおかしなことではありません。もちろん、その任務、謹んでお受けします。ですが、まだ暫し時間を頂きたい」
「伊藤中将にしては珍しいですね。どうされましたか?」
「兵士に休暇を与えたいのです。1日だけでも、たっぷりと休める日を」
それは切実な願いであった。伊藤中将は少なくとも部下想いの将軍である。多少面子が潰れようと、休みはもぎ取ってみせるという覚悟でここにいる。
「分かりました。いいでしょう。作戦の開始は、来月中旬に入ってからとします」
半月くらいの時間を貰えた。艦の修理、部隊への補給を含めても、十分過ぎる時間が残る。山本中将も、これを予め想定していたのかもしれない。
「ありがとうございます。ああ、それと、作戦の名前は?」
「はい。作戦名は『東征作戦』、神武東征の東征ですね、としました」
「ほう、東征作戦、まあまあのセンスです」
言ってしまうと、名前があまりにも大層過ぎるのではと思わなくもない。だが、所詮は名前、格好良ければ万事解決である。
まあ、東征作戦が始まるまでは休むとしようか。




