西方政策Ⅰ
崩壊暦214年12月26日00:39
「グラスゴー、陥落しました!」
「そうか。全軍、西方航路でリスボンまで逃げろ。ああ、リスボン艦隊と合流はさせておけよ」
こちらはマドリードの西方軍参謀本部である。北方に関し、ド・ゴール上級大将の元に届いた報告は、これが最後となる。
親衛隊が管轄している地域は、パリ、ベルリン、ロンドンを中心とする三角地帯であり、外国勢力とは一切面していない。
そして、グレートブリテン島の残る都市とアイルランドを統括するは、スペインを本拠地とする西方軍である。つまり、西方軍の管轄は、イベリア半島とグレートブリテン島とアイルランドに跨がって、飛び地のように割り当てられているのだ。
何故かと言えば、西方軍は本来、対米戦の為に創設せれて軍団だからである。対米戦に於いては、西の国境全ての軍が同じ指揮系統に置かれている方が望ましいだろう。
そんな西方軍であるが、今日の「敵」は親衛隊である。
西方軍の裏切りを察した親衛隊は、たちまちにイングランドの全都市に電撃的な攻撃を実行。陸戦部隊を中心とし、都市機能を制圧しにかかってきた親衛隊に対し、西方軍に為す術はなかった。
いくら飛行艦があっても、都市を砲撃は出来まい。市民を人質に取られ、地上の基地があらかた制圧されてしまえば、残るは撤退のみである。
そういう訳で、グレートブリテン島最北端の都市、グラスゴーが落ちたという報告が入ってきたのだ。
「閣下、親衛隊から電報が入っています」
「ほう。何だね?」
「『イングランドの西方軍部隊に反乱の動きがあった為、親衛隊の職務を果たすべく、制圧させてもらった』とのことです」
「別に嘘は言っていないな。文句も言えんが……」
それは全く事実なのである。親衛隊に与えられた役目からして、今回の行動は全く正常の範疇である。
だが、一つ気がかりなのが、親衛隊が「イングランドの西方軍部隊」と書いたことだ。それはつまり、ド・ゴール上級大将は関わっていないと言っているに等しい。
「まだ和解の道も残すということか」
「これで戦争ではないと?」
「そうだ。あくまでこれは現地部隊の勝手な行動らしい。我々参謀本部は、未だに大統領の味方なのだよ」
まだ誰も内戦の勃発は望んでいない。しかし、内戦は殆ど不可避と思える。そこで、グレートブリテン島の脅威は排除しておきたい。そういう親衛隊の思惑が作り出した言い訳が、「西方軍」ではなく、「西方軍現地部隊」の反乱を鎮圧したというそれである。
つまり、西方軍と親衛隊は交戦状態には入っていない。そして、ド・ゴール上級大将も内戦を望まない以上、これで終わりだ。
「奴らに、感謝状でも出しておけ」
「了解です」
後は、西方軍現地部隊の反乱を鎮圧して頂きありがとうございますと、感謝状を出しておけば問題なしである。
「そうだ、諸君。戦訓を得ておこうじゃないか。そこのルイ中佐。今回の戦いから、何が言える?」
話は一転、いきなりの無茶振りである。
「はっ、はっ!ええ、今回の戦いからは、ええ、地上戦の有効性が証明されました!」
「まずは落ち着きたまえ。それと、それはまあ正しい。」
「はっ!」
証明されたのは、地上戦の有効性といえよりも、要塞化の不備である。
グラスゴーなどの沿海都市は、対米戦の前線基地として、相当に重武装されている(何故かロンドンの方が重武装だが)。
だが、それは全て飛行艦隊への備えであった。端っから艦隊決戦を放棄し、都市へ無理やり上陸部隊を送り込んで来るような敵には、最早無力である。
かつてのノルマンディー上陸作戦では、内陸に控えるドイツ軍に跳ね返されないように、大量の兵力を一挙に上陸させねばならなかった。
だが、今回のような戦いでは、少数の兵力さえ送ってしまえば勝ちである。
もちろん、防衛側が都市への爆撃も辞さないならば、上陸側は負けてしまう。この戦術は、互いに自国民の命を人質にするという状況だったからこそ可能なものなのだ。
「取り敢えず、リスボンまで皆が来るまでは、待ちだな」
「はい」
二つに分けれていた艦隊のうち片方が潰された西方軍は、統制に少なからず混乱が生じている。暫くは体制の建て直しに尽力すべきであろう。




