東方政策
崩壊暦214年12月25日12:14
今日はクリスマス、なのだが、誰もそんなことは気にしていない。ワルシャワではほろほろと粉雪が舞い、人々はつかの間の平穏を謳歌しているというのに。
ここ東方軍参謀本部では、ゲッベルス上級大将率いる参謀本部連が、クリスマスなど忘れ来る革命に道筋を論じあっている。
と言うのも、東方軍の裏切りで片がつくと思われていた東方の情勢が、想定外の動きを見せているからである。
事の発端は昨日と今日の日を跨ぐ辺りで起きた。ロンドンに陣を構えるアデナウアー大統領(何故そこにいるのかは置いておいて)から、欧州合衆国に残留し、ドイツ帝国を包囲せよとの大統領令が出されたのである。
ヴィルヘルム5世といい、アデナウアー大統領といい、仕事が早過ぎる。
そして、何が問題かと言えば、この大統領令を受けて、親欧州合衆国派の勢いが増していることである。軍内部ですら、幾つかの情報が報告されている。
「スカンジナビア国王の様子は?」
ゲッベルス上級大将は尋ねる。
「はっ。現在、国王は欧州合衆国残留を希望し、政府もその意向であるようです」
応えるのは、ゲッベルス上級大将の腹心の部下、レーマー大佐である。
「ほう。スカンジナビア国王には、我ら東方軍はドイツ帝国に与する、とでも言っておけ」
「承知」
東方軍が寝返るつもりだというのは、政府関係者の間では、半ば公然の事実となっている。だが、それでも、スカンジナビア連合王国は欧州合衆国に残るというのだ。これは武力の行使もやむを得ない。
また、ワルシャワの首相官邸ににちょっとだけ戦艦の50cm砲を向けてところ、ポーランド政府はすぐにドイツ帝国との同盟を約束してくれた。
「ああそうだ。ポーランド国王には、政治的実権を与えると約束してくれ。そして、それをスカンジナビアに宣伝しろ」
「ポーランド国王?」
「スカンジナビア国王を釣る餌さ。別に、ポーランドの自治権そのものが形骸化するというのだから、長が国王だろうが大統領だろうが、関係ないだろう?」
「なるほど。承知」
今後構築されるであろうヨーロッパ新国家においては、君主の権限は増幅されるだろう。各国の君主を味方に引き入れるのには最高のネタだ。
君主を味方にしてしまえば、侵攻の大義名分も出来るし、国民もある程度は味方に出来る。 革命の波及に君主を使うとは、前時代的なのか先進的なのか、よく分からない構図だ。だが、やれれば何でもありである。
なお、最後の一言は気にしてはいけない。
「それと、閣下。スカンジナビア駐屯の部隊に、不穏な動きがあるとの報告が」
「規模は?」
「スカンジナビア半島全域に渡ります」
「憲兵に監視を強化させろ。憲兵も裏切るならば、艦隊で叩き潰すのみだ」
どうも、スカンジナビア半島では東方軍の兵士までもが欧州合衆国残留を希望しているらしい。まあそれも無理はない。スカンジナビア半島の兵士は、スカンジナビア連合王国から徴兵された者だ。政治の意向に従うのは、寧ろ正しい行いでもある。
「しかし、我々がドイツ帝国につくということ、どうしてスカンジナビアの部隊が知っているんだ?」
「それは、情報漏れとしかいい言うがないでしょう」
「まさか、大佐が漏らしたのか?」
「いいえ。閣下こそ、あんな派手にポーランド政府を恐喝しておいて、誰にもバレずにすむと思ったのですか?」
「はは。それもそうだ」
いくら秘密裏に事を遂行しても、誰かがそれを外に持ち出す。
「ならば、艦隊をラトビアの辺りに集結させておけ。それと、ポーランド国王には、ドイツ帝国と同盟すると発表させろ」
「我々は?」
「東方軍は、まだだ。些か性急に過ぎる。出来るならば、少ない流血で済ませた方が、後が楽だろう?」
ここで東方軍も裏切りを発表すると、スカンジナビア半島はいよいよ内戦状態に陥りかねない。まずは、ポーランドが寝返ったとスカンジナビアに圧力をかけ、彼の国が平和裏に欧州合衆国から離脱するのを待つ。その方が、後に禍根を残さないというものだ。
「ああ、それと、バルト海にも軍を置いておけ」
「承知。ギリシャは敵でしょうから」
ギリシャ帝国は恐らく最後まで欧州合衆国に残るだろう。南方軍が残留派なのだ。そうなると、バルト海を挟み、東方軍と南方軍が激突するというにも、一つのシナリオとしてあり得る。
「即応部隊は北に、南は都市の防空体制を強化せよ。以上。解散」
まずはポーランド王国が落ちた。だが、まだ先は長い。




