ベルリン急襲までⅠ
崩壊暦214年12月24日02:32
この日はヒムラー大佐にとって受難の日となった。
「大佐殿、申し上げます!ベルリン東方250kmにて、正体不明の敵性艦隊を確認しました!東方軍はこれを無視し、親衛艦隊はこれに間に合いません!」
数少ない事情を知る兵士からの報告。それは、東方軍が公然と任務を放棄し、敵軍がベルリンに悠々自適と迫っているというものだ。
加えて、グレートブリテン島に配備済みの親衛艦隊は最早間に合わない。ここからロンドンまではおよそ1000kmだ。
「わかった。まず、ベルリンは放棄。親衛隊の脱出準備を急がせろ」
「はっ」
「それと、持てない書類は片っ端から燃やしてくれ。そうだな。ハバクク級の設計図、ムスペルの設計図、後は、奴らとの友愛の手紙、とかだ」
「了解しました」
「では、早速取りかかってくれ」
彼は軽く敬礼をすると、踵を返し走り出した。それほどに、今回だけは、余裕がない。
ベルリンに残る親衛隊は2000人程。確かに一個連隊の規模はある。だが、その多くは自動小銃くらいしか持っていない。艦隊を組むような相手には抗えない。よって、後は逃げるが勝ちである。
「残り時間は3時間くらいか。まあ、十分だ」
そしてヒムラー大佐の部屋は無人になった。彼は次にベルリン基地に赴いた。親衛隊の砦であり、数隻の駆逐艦くらいならまだ残っている。
基地は地下に深く造られており、B15まで存在する。そして、そのうちのB12とB13は資料室である。
「大佐殿。本当に、焼くのですか」
「ああ。本当だ」
彼らの目の前には無数のデバイスと書類が並んでいる。そして、それらは全てデータの束である。
保管されているデータは多岐に登り、兵士の個人情報、日々の食料の出納帳から、流出しようものならば、ベルリン核爆撃も厭わないと目される極秘中の極秘データもある。当然ながらそれをNSには渡せない。
「時間がない。必要なデータも取った。後は、燃やすぞ」
「了解しました。大佐殿の許可があらば。準備は既に整っております」
既に資料室のあちこちには発火装置が仕掛けてある。ボタン一つで全ての資料を燃やす準備は整っている。そして、そのボタンは今ここにある。
「起爆コードはfeuer、ベルリン大管区親衛隊指導者たる大佐殿の指紋で作動します」
「feuer」つまり「火」とは、安直なセンスだ。だが、基地司令官と親衛隊指導者、両名の合意によってのみ為し得るというこのシステムは、非常に合理的である。
「f、e、u、」
ヒムラー大佐は一字一字、慎重にコードを打ち込んだ。そして最後にエンターキーを押し、仕事は終わりである。すぐさま、ます、警告が鳴り響いた。そして数分後、資料室に至る全てのドアはロックされた。
「いよいよか」
「ええ」
ドアにはわざとらしく窓が開いている。そこからは、燃える資料の山が見えた。それは見ているだけで熱くなってくる程。火勢は全てを呑み尽くしていった。
「さあ、こんなところに突っ立っていないで、さっさと逃げてくれ」
「はっ!了解しました!」
残り時間は70分。随分と時間がかかってしまった。
だが、ヒムラー大佐にはまだやるべきとこが残っている。彼は一人車を走らせる。空には北に向かう駆逐艦、大事なく出航したようだ。
彼が向かったのは、この時代には全く時代錯誤な、巨大な翼を持った宮殿である。ベルサイユ宮殿を元にしたこの宮殿は、何と、総工費2000億ドイツマルクである。日本円で言えば、14兆円といったところ。おおよそ欧州合衆国軍全体の軍事費1.3年分に相当する巨額の建築である。
とは言え、84年の歳月をかけて造った為、年度ごとの負担は大したものではなかったとは、追記しておくべきであるが。
さて、その主は、ドイツ皇帝ヴィルヘルム5世である。
ドイツ皇帝は、政治に関して殆ど実権を持たない。ただ、それは不文律であり、どこを探しても、皇帝の実権をそこまで縛る法律はない。唯一、立法権が議会にのみあると定められているくらいだ。
残りの憲法は、臣民の権利を守ることを条件に、寧ろ、皇帝の権限を積極的に認めている。皇帝が実権を全て内閣に委任しているのは、彼らの個人的努力に過ぎない。
ただ、それは皇帝の意思次第で国政を左右出来ることを意味しないと、ヒムラー大佐は理解している。即ち、皇帝がNSの傀儡にされるのではないかという恐れがあるのだ。




