信用の問題
「ふふ。確かに、私を信用しろ、と言われても、無理が、ありますね」
ミネルヴァ王女は面白がるように言う。こんな状況でもそれをされると、段々不気味にすら見えてくるのだが。
「何か、私を納得させるに足る証拠でも提示出来るのですか?」
ゲッベルス上級大将は言う。だが、ミネルヴァ王女は怯まない。
「そう、ですね、では、こんなものは、どうでしょう?」
ミネルヴァ王女は軍服から一枚の紙を薄い紙を取り出した。そして、先程ゲッベルス上級大将がしたのと同様に、彼にそれを渡した。
「拝見します」
ゲッベルス上級大将はざっと目を通す。だが、すぐにそれは通すどころでは済まなくなった。気付けば、彼はすっかりその紙に見入っていたのだ。
「『ムスペル』の在り処……殿下はまさか最初から仕組んでおられたのか?」
ムスペル。それは、親衛隊が開発し、運用していると噂される旧文明兵器である。かつての記録には、市街戦だけに特化さた、「ロボット」の典型のような兵器が投入されたと残っている。
ただ、人々が思い描くそれとは幾分は違うところもある。まず、武器の類は全て胴体か腕に付けられており、手で携行することはない。
また、二足歩行で走ることは想定外であり、長距離の移動の際には、車輪を下腹部から出し使う。
ただ、戦史を見る限りでは、これは大した活躍をしていない。戦争初期でこそ、その高さを生かした広い視界、射界、戦車よりは遥かに高い機動力、などで大活躍した。しかし、ビルに潜んだ敵兵からの至近距離の白兵攻撃には一切対抗出来ず、すぐに廃れた。寧ろ、「立っている」が故に、歩兵では護衛しきれなかったのだ。
この兵器は、少なくとも旧文明の時代では、それ程輝いたものではなかった。だが、今のムスペルの仕様は知れない。さしものミネルヴァ王女の資料にもそこまではなかった。ただ、ベルリン、ミュンヘン、ロンドンのとある基地の最奥部に保管されているとだけあった。
因みに、ミュンヘンは親衛隊及び陸軍の参謀本部が置かれている都市である。
「これは、私達、イタリア王家が、私的に集めた、資料です。どう、です?」
「はい。確かに興味深い資料です。ですが、これは信用を得る手段とはなり得ない。分かっているでしょう」
「ええ、確かに。今のうちは、ですが」
これが全くのデマカセである可能性も、当然、排除出来ない。これが事実であると確認出来ない以上、これは何の意味も持たない。だが、逆に言えば、これが真実であると確認出来たなら、ミネルヴァ王女を信用出来るようになる。
「ベルリン急襲の時、それも確かめればいいではありませんか」
突撃隊隊長、ゲーリング大将は言う。そう、ベルリンは、この後最初に占領する予定の都市である。ならば、その時確かめれば良いのだ。
「でしたらば、我々自由アフリカ軍に、お任せ下さい。繰り返しますが、実戦経験のない部隊に、その任務は任せられません」
今度は牟田口大尉が言った。ゲーリング大将と牟田口大尉の間に見えない火花が散る。そして二人は東條少将の裁定を委ねた。二人の唯一の合意である。
「分かりました」
東條少将は軽く深呼吸する。
「ゲーリング大将閣下には申し訳ないですが、私は、牟田口大尉にこの任務を任せます」
それは軍人として至極真っ当な判断である。別段、贔屓などではない。
「了解致しました」
「了解です。では、代わりに、議会の制圧は、我々がもらいます」
「そうですね。お願いします」
自由アフリカ軍は兎に角、数が少ない。投入出来る場所は限られている。一つ戦場を増やせば、一つ減らすしかないのだ。
一方、SAは相当な数的余裕がある。議会のような非武装目標の制圧なら、幾らでも出来るであろう。
そういう役割分担である。
「皆様、また言わせて頂きますが、話が脱線に脱線を重ねています。どうか、お戻り下さい」
その時、クビツェクが言った。
忘れていたが、ミネルヴァ王女の存在に気づくまでは、キエフを襲った空母の話をしていたのであった。




