再開もしくは来襲
「じゅ、ジュガシヴィリ書記長閣下!」
エゴロフ大佐は人が変わったようにきっちりと敬礼をした。
「閣下、何故にここに?」
「ああ。東條少将、少将が、どうも捕虜を欲しがっていると聞きまして、国家元首たる私が赴こうと思ってところです」
ジュガシヴィリ書記長は煙草の煙を噴いた。だが、確かに、ジュガシヴィリ書記長の了解即ち、ソビエト共和国の了解である。ソビエト共和国のような、整った権力構造を持った国家ならば、これで全然問題ない。
アメリカ連邦や欧州合衆国のうような民主主義国家の場合は、無意味な権力闘争を恐れて、このような果敢な行動に出る者はいないだろう。
さて、皆が席に着いた。
「まず、我がソビエト共和国としては、諜報的な観点から捕虜は欲しいですが、外交的な観点からは、捕虜はいなかったこととしたい。これが、現状です」
「なるほど」
ジュガシヴィリ書記長は相当本気でここに来たようだ。どんな部類の交渉でも、油断は出来ない相手である。
「ところで、自由アフリカが捕虜を欲する理由は何なのですか?」
「我々は、捕虜を人質として使いたいと考えています。戦争、というかは武力衝突に至ることは自明で、ならば、最大限に捕虜を活用したいと思ったのです」
これから、自由アフリカ及び国家社会主義ヨーロッパ労働者党と欧州合衆国は戦争を始める。ならば、最早何のリスクもない。何処を探しても、捕虜を持つことにデメリットはないのだ。
「それと、彼女とは話しましたか?」
「ええ。短い時間でしたが」
「そこで、彼女が何か重要な情報を持っていると、思いましたか?」
「いいえ。彼女は、ただの一等兵のようでした」
これはただの事実である。まあもちろん、彼女、ミネルヴァ王女が何かを隠している可能性は全く否めないが、少なくとも、何か重要な情報が出てくるとは思えない。
また、少なくとも一等兵であるというのは、他の調査で明らかになっているようだ。となると、どんなに待遇が良くても一等兵などに重要な情報が与えられないというのも当然の公理であり、彼女もその例に漏れないであろう。
「はい。それは、ソビエト軍の方でも、同様の結果でした。よって、我々は、彼女を必要としません」
「え?」
その時、東條少将は大いに動揺した。今、ジュガシヴィリ書記長は、事実上の敗北宣言をしたのである。
「つまり、我々に、捕虜を頂けると?」
「その通りです。ソビエト人は、不必要なことはしませんから」
「分かり、ました。感謝致します」
「いえ。これも、事態を不要に長引かせない為の合理的な処置に過ぎません」
ジュガシヴィリ書記長は、あくまで合理的な選択に過ぎないとのポーズを崩さないようだ。だが、東條少将からするば、最大限の感謝を抱かずにはいられない状況であった。今の感謝は、本心からの感謝であった。
「では、そういうことだ。エゴロフ大佐。後は上手く取り計らってくれ」
「了解であります」
「さらばだ」
ジュガシヴィリ書記長は煙草を吸いながら去っていった。彼はまさに嵐のように現れる人であった。そして、全てを一刀のもとに切り伏せたのだ。
「では、少将閣下。すぐに部下に用意させます。閣下も、用意をお願いします」
「ええ。宜しくお願いします」
全ては円滑に進んだ。エゴロフ大佐はやはり仕事人としては有能なようで、10分としないうちにミネルヴァ王女の身柄が運ばれてきた。親切心から数日分の薬も添えて。
車から降りたミネルヴァ王女の足はまだふらついていた。だが、そこもソビエト軍人の何人かが支え、彼女は東條少将の装甲車の後ろに無事に乗れた。
一応、装甲車の中にも寝台は設置去れており、そこに彼女ほ寝転がった。
「エゴロフ大佐、迅速な対応、感謝します」
「いえいえ。こんなもの、ただの仕事に過ぎません」
エゴロフ大佐もやはり善人であった。
「いや、ずいぶんと早いお仕事でした」
「これは有難い。では、ここらでお別れと致しましょう。またお会い出来る日を心待ちにしております」
「こちらこそ。では、さようなら」
「さようなら」
そしてエゴロフ大佐は本営に戻っていった。
「ミネルヴァ殿下、体調は如何ですか?」
東條少将は、横たわるミネルヴァ王女に尋ねる。
「ええ、相変わらず、平気、ですよ。ただ、疲れました」
「ならば、居心地の悪いでしょうが、暫くここでお休み下さい」
「そうですね。おやすみなさい」
「おやすみなさい。また、後で」
東條少将はドアをゆっくり慎重に閉めた。やはり、装甲車の乗り心地など、全く期待出来るものではないが、暫くは我慢してもらうしかないだろう。
そして、東條少将と神埼中佐は運転席と助手席にそれぞれ座った。




