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終末後記  作者: Takahiro
2-3_欧州攪乱計画
324/720

捕虜交渉

東條少将は、外でわざわざ待っていた兵士に話し掛ける。


「終わりましたよ」


「おお。元気そうでしたか?」


「はい。私が見たところ、十分に元気でしたよ」


「それはよかった。これで、ソビエト軍人の名誉が保たれます」


この兵士は、本当に純粋な仕事人と見える。だが、必要上、ミネルヴァ王女の処遇が政治の世界に持っていかれる、いや、東條少将が持っていくのは、なかなかいたたまれない。


「ところで、ここらの部隊の指揮官はどなたですか?」


「エゴロフ大佐殿ですが」


「そのエゴロフ大佐と、話がしたいのです」


「ああ、なるほど。大佐殿は今、奥の指揮車におられます。案内しましょうか?」


「宜しくお願いします」


特に怪しまれることなく、彼は親切にも東條少将を案内してくれた。目指す先はよくある野戦指揮車である。まあ、野戦指揮車と言っても、何か特別な車という訳ではなく、大型装甲車に色々と通信設備を取り付け、装甲を一段厚くしたくらいのものだ。感覚としては、近代の指揮戦車に近い。


彼は、指揮車の前に立っている護衛に話し掛けた。そしてすぐに合点がいったようである。


「お二人とも、中にどうぞ」


「お、そんなにすぐに行けるのですか」


「はい。エゴロフ大佐殿は暇だったそうです」


「ありがたい」


さて、指揮車の中は案外広い。奥には、紀章から大佐と判断出来る男が一人と、数名のスタッフが椅子を並べている。その男がやって来た。


「東條少将閣下。お会い出来て、光栄であります」


「こちらこそ、エゴロフ大佐」


「ありがたき幸せです。さあ、話は聞きました。奥に席を用意してあります。お座り下さい」


「ありがとうございます」


東條少将の方が階級が一段上である。別に、ただの軍閥の階級を遵守する必要もないのだが、エゴロフ大佐は礼儀正しく応対してくれた。まったく、ソビエト軍人には頭が上がらない。


二人は机を隔てて向かい合って座り、東條少将の後ろには神崎中佐が座る。まずは東條少将が口を開けた。


「率直に言います。先程捕らえた捕虜、ダルセル一等兵については、我々の管理下に置かせて頂きたい」


「それはまた、難しい要請と思われます」


「やはり、ソビエト軍としても、彼女を捕らえておきたいのですか?」


「はい。それは間違いない」


流石に彼女を譲ってはくれないようだ。例え上下定分の理が軍隊にあっても、そこは譲れないと見える。まあ、これはそういう次元の問題ではない。


「理由をお尋ねしても?まさか、ジュガシヴィリ書記長の命令でもありましたか?」


「いえ、そのようなことはありませんが。理由は、別段難しいことではなく、捕虜から最大限の情報を引き出したいからであります」


「なるほど。確かに、道理ではあります。ですが、ソビエト共和国としても、彼女を引き取ることは、不利益となり得るのでは?」


「ん?と言うと、何ですか?」


「彼女の存在は、欧州合衆国との戦争の火種となる可能性かあります」


つまり、彼女の取り扱いを巡る外交的な対立が、両国間の戦争に発展するやも知れないということである。ならば、端から捕虜などいなかったと言った方が、色んな意味で「楽」ではある。


とは言え、彼女の存在を外交カードに出来ることもまた事実。メリットもデメリットも、等しく存在しているのだ。だが、それは敢えて伏せておく。


「それと、あの機体を撃墜したのは、絶対に私達です」


神埼中佐は言う。


「ああ、ですが、その証拠はないでしょう」


「確かに、証拠は永遠に提示出来ませんか、明らかに、奴等を撃ち落としたミサイルは、私達のものでした。ソビエト軍の攻撃は、からっきし届いていないようにしか見えませんでしたけど」


「む、それは、また、手厳しい。ですが、それを理由には……」


「ダメなのですか?」


神埼中佐は声を張り上げた。


だが、これで解決出来る話ではない。誰が撃墜したかは、国際法的には、誰が捕虜とするかには関係ない。だが同時に、多国籍軍において、捕虜をどう扱うかの規定もない。双方とも、明確な論拠をもち得なかった。


「やはり、一介の大佐如きには、判断しかねるものです」


ついにエゴロフ大佐が音を上げた。また国際法の話だが、そもそも、捕虜は、それを捕らえた部隊ではなく、その国家によって管理されるとそれている。ただ、実際問題として、全てを国家で管理するのは不可能との観点から、軍に対応が任されている。だが、今回のそれは軍の一部隊の判断では決めかねる大事だ。


「しかし、キエフには、あなた以上の権限を持った軍人はいないのです。いるとすれば、一応、ジュガシヴィリ書記長がおられますが……」


「ほう、呼んだかね?」


「っ!」


その時、低く、されど力強い声が車中に響いた。




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