国家社会主義ヨーロッパ労働者党との会談Ⅲ
「ここでですが、紹介したい者がいます」
ヘス総統は、2つ隣に座った男を指した。如何にも武闘家といったような恰幅の良い男である。
「ゲーリング大将。まずは自己紹介を」
そして男はゆっくりと立ち上がる。
「国家社会主義ヨーロッパ労働者党突撃隊隊長のゲーリングと申します」
男の名はゲーリング。その声もまた力強い。
突撃隊(以下SA)とは、NSEAPの武装組織である。当然ながら、ナチス、国家社会主義ドイツ労働者党に存在した武装組織である突撃隊の名を継いだものだ。
流石に飛行艦クラスの重装備は持っていないが、装甲車までなら軍隊並みの武装を整え、その数はおよそ3000と、有力な戦力である。
また、これは軍の部隊ではないから、「大将」という称号も、NSの中だけで通用するものである。
この時代、親衛隊はNSの指揮下には入っていない為、自ずとSAが唯一の武装組織となる。長いナイフの夜が来ないことを祈る限りであるが、親衛隊は親衛隊でアデナウアー大統領の配下で敵であるから、その心配もないだろう。
そして、NSはこれを輸送する手段を求めており、その為、自由アフリカやソビエト共和国に接触していたのだ。
「我ら突撃隊は、ベルリン急襲に際し、主要機関を制圧し、首都機能を崩壊させることを主な目的とします」
ゲーリング大将は言う。彼らの任務は、ベルリン急襲をより効果的なものにすることだ。やはり、どれ程優れた飛行艦隊を持っていても、最後に勝負を決めるのは陸だ。本気で抵抗しようとすれば、空爆程度、壕に籠ればやり過ごせるのである。
「失礼ながら申し上げます。自由アフリカ陸軍、牟田口大尉であります」
「ほう、何でしょうか?」
「あなたの突撃隊、実戦経験はありますでしょうか?」
「実戦経験は、確かにありませんが。それが何か?」
「実戦も経ていない部隊に、仮にも一国の首都の制圧は、お任せ出来ませんでしょう」
牟田口大尉は今回の遠征軍の陸戦部隊を率いている。ゲーリング大将と並び、陸戦部隊を率いる身である。牟田口大尉が懸念したのは、SAが果たして有力な戦力足り得るのか、ということである。
そもそも、SAは正式な訓練を経た部隊ではない。額面戦力は大層なものだが、軍隊とはカタログで比較出来るものではなく、練度や慣れも大きな比重を占める。それが欠けていないとは、誰も保証出来ない。
「私を含め、SAの成員の多くは、実際に軍人として働き、訓練を受けた者達です。少なくとも、練度については、保証出来ます」
「では、大将閣下の実戦経験は?」
「……ありませんが」
「なるほど」
欧州合衆国は、ここ100年、まともな戦争を経験していない。やっと自由アフリカとの内戦に介入を始めたが、それ以外では、せいぜい屍人相手の掃討戦くらいなものだ。欧州軍出身と言えど、それは即座に良い軍人であることの証明にはならない。
「では、ここは一つ、自由アフリカ軍に仕事を任せて頂きたい」
「ほう。どのように?」
「ベルリンでも特に重要な施設、つまり、欧州議会、内務省、ドイツ皇帝皇宮、これの制圧を任せて頂きたい」
牟田口大尉が提案したのは、特に逃げられたら困る用心が集まる欧州議会、欧州合衆国構成各国の利害調整を担うエリートが集まる内務省、そして、欧州で最も位の高い王たるドイツ皇帝の皇宮を制圧するというものだ。
因みに、現在のドイツ皇帝はヴィルヘルム5世である。
「東條少将、宜しいですか?」
「もちろんだ。私はこれに賛成だ」
「どうも。それで、ゲーリング大将閣下、如何ですか?」
「ふむ。合理的な選択ではあるな。賛成だ」
軍人組からすると、これが最適解である。ゲーリング大将もこれに同意した。しかし、政治家組の意見は分からない。
「ヘス総統閣下は、どうお考えですか?」
ゲーリング大将はヘス総統に話を振った。
「まず、あなた方は、捕虜の扱いを保証して頂けますか?」
「少なくとも、命を取る気はありません。それに、ヴィルヘルム5世に関しても、それ相応に扱うつもりですが」
「ええ。少なくとも、いえ、他はどうでもいいのですが、ヴィルヘルム5世の安全は保証して下さい。これは絶対です」
「なるほど。厳命しておきましょう」
どうも、ヘス総統はドイツ皇帝ヴィルヘルム5世の身を案じているようだ。恐らく、皇帝を何かに利用するつもりなのだろうが、それは今回の件とは関係ない。ひとまずは受け流す。
「はい。どうかお願いします」
「総統閣下からのお願いとあらば、もちろんのことです」
牟田口大尉は凛として応えた。




