北方緒軍閥
崩壊暦214年12月12日12:00
ナーセル中将とサーダート中将は、先のクマシ攻防戦から何とか逃げ切り、現在、その本拠地たるアフリカ東北部に撤退しているところだ。
形勢不利と判断し、クマシのすぐ東のラゴスは放棄、中央の下命は無視し、防衛戦は遥か東に移した。
因みに、ナーセル中将の本拠地は旧エジプトからリビアの辺り、サーダート中将のそれは旧スーダンからエチオピアの辺りである。この二人だけでアフリカの大地のおよそ15%を支配しているのだ。
と、言いたいのだが、本日未明、ナーセル中将領史上最悪の事変が起こったのだ。場所はカイロ、軍の不在を狙っての事件であった。
『カイロに立て籠る反乱者に告ぐ!定刻だ!これからは、一切の慈悲なく、反乱は鎮圧させてもらう!降伏にはもう遅いのだ!』
ナーセル中将は声高に放送を流した。カイロでは、反ナーセル中将派の小軍閥が反乱を起こし、13隻の艦隊ともにこれを占拠したのだ。
ナーセル中将は当初、直ちに降伏するならば身の安全は保証するとし、降伏までに543分の猶予を与えた。しかし、結局彼らが降伏を選ぶことはなく、後は実力行使あるのみなのである。
「はあ。全く、こういうのは止めて欲しいな」
「全くだな。面倒くさいことこの上ない」
と答えるサーダート中将も増援に来ている。二人の艦隊は総勢50隻程。実力では負けはしない。しかし、彼らはその道を選びはしない。
「では、カッザーフィ大佐に、D作戦の開始を伝えてくれ」
「了解しました」
カッザーフィ大佐はナーセル中将腹心の部下である。そんな彼は今、反乱軍に支配されたカイロに少数の部下を率いて潜伏している。そして、ナーセル中将の命で彼は動き出した。
「中将から、実行せよ、ときた」
カッザーフィ大佐は告げた。
カッザーフィ大佐は、現在、半袖短パンで一般人を装っている。周りを囲う部下達も、まるで会社の同僚達のように振る舞いながら、軽い足取りで歩いている。
その命令とは、ここを占拠しているイドリース少将を抹消することである。
そして、何と言う幸運か、イドリース少将は街をパレードすると言うではないか。市民の支持を取り付けようとは殊勝なことだが、ここで人生が終わるとは、残念なことである。
「ルートはわかるか?」
「はい、大佐、こちらに」
敢えて紙媒体に印刷された地図には、イドリース少将の行く道筋が克明に示されていた。町中をくねくねと曲がりながら通っている。暗殺を恐れているのだろうが、こうもネタバレをされてしまっては、意味もない。
「では、行こう。陽気な酔っぱらいを演じろよ」
「了解です」
カッザーフィ大佐らは、あくまで笑顔で、皆で肩を組み合いながら、着実に目的地へと向かっていった。勿論それは偽装の為である。
「あれを出せ」
やがて目的地にたどり着いたカッザーフィ大佐は言う。人混みの中で、その小さな声は外には漏れなかったであろう。
「は、これを」
差し出されたのは小さな、見た目には玩具のような銃である。勿論、誰にも見られぬよう、周りを人で囲いながら。
これは、曲者の名高いEMPガンである。指向性の極めて強い電磁波を照射し、その射線上の電子機器を破壊する武器である。
まあ、射程が短すぎて戦争には使えないのだが、今回のような機会には、それなりの実用性がある。これで以て車の電子機器をショートさせ、それを爆発させるのだ。上手くいけば、イドリース少将は黒焦げになってくれることだろう。
「大佐、来ました」
「ああ」
やがて、十両ほどの車列が道路を進むのが見えた。しかも、イドリース少将はご丁寧にも顔を出してくれている。
カッザーフィ大佐は彼の車に銃を向けた。そして引き金を引く。
音などは出ず、何かが起こった様子は見えない。しかしそれは確実にイドリース少将の車に当たっている。
「3、2、1」
そして次の瞬間、彼の車が、その下部から火を噴き上げた。鋭い爆音が木霊した。そして、たちまちに炎は燃え広がり、その車を包み込んだ。
「やったな」
「ええ」
あの様子では、イドリース少将は生きてはいないだろう。
そして、逃げ惑う民衆に紛れ、パニックを装いながら、彼らは遠くへと逃げ去って行った。
「カッザーフィ大佐より入電。『彼を殺した』とのこと」
「おお、よくやった」
報告は速やかにナーセル中将に寄せられた。イドリース少将は、何とも可哀相なことに、三日天下すら取れなかったのである。




