アビジャン攻撃戦
そして更に1時間後。アビジャンとの距離はおよそ50kmを切った。艦砲が届く距離である。
自由アフリカ軍の艦隊はアビジャンの奥に引きこもっている訳だが、非合理的なことに、高射砲の類は都市の端っこに置かれている。
「あれでは高射砲が可哀想たが。まあいい。全軍、砲撃を開始せよ」
ナーセル中将は告げる。
すぐに砲撃が開始された。轟音が間断なく空気を揺らす。
これまでも地上を焼き払ってきた主砲らは、また、アビジャンを焼くのだ。高度およそ3200m、この時代においても圧倒的な優位を得られる高度、アビジャンを見下ろす高さから、数百もの砲弾が飛んでいく。
砲弾は次々と地上に着弾し、辺り一面を砂煙で覆い尽くした。それが数百、たちまちに地上は煙で覆われ見えなくなる。
そして、その煙の中に高射砲も呑まれていく。
「流石に反撃するのか?」
向こうから幾らかの砲弾が飛んできたようだ。だが、艦隊に届いたものはない。全て地上に落ち去り、貴重なタングステンと鉄が無駄になっただけであった。
「おい、サーダート中将。どこまでやる?」
ナーセル中将はサーダート中将に通信をかけた。そして、すぐさま、サーダート中将は返事を寄越してきた。
「まだやろう。流石に奴等も都市の端っこに人を置いてはいないさ」
アビジャンの高射砲は都市の外縁部にそって配置されている。また、その高射砲陣地は内側に数キロに渡っている。問題は、それが田園や住居の合間に置かれているということである。
自由アフリカは国際法上の交戦国としての資格を有さない。よって、その戦闘員の保護は義務ではない。とは言え、軍人としては、民間人を砲撃はしたくないという訳である。
これは単なる期待に過ぎないが、しかし、「自由アフリカ」などと名乗るくらいなら、その「国民」を安全な場所に避難させくらいはするだろう。
「それもそうだな」
「ああ。さっさと命じてくれ」
通信は終わった。
ナーセル中将は、そして、再び全軍に下命する。
「全軍、全ての高射砲を破壊せよ。その際、住居の類が巻き添えになっても構わない」
それからも暫くは「戦闘」が続いた。
勿論それは戦闘などと呼べるものではなく、アフリカ軍と欧州軍による一方的な砲撃であった。自由アフリカの反撃による被害は一切ない。ただの一隻が主機故障で落伍しただけである。
それはさながら耕作者のようであった。ただ地面を鉄で耕しただけなのだ。
それは30分程で終わった。アビジャンの東端は鉄の残骸と掘り返された土が覆い被さっただけの土地となった。
「サーダート中将。一度、降伏勧告を出してみないか?」
「降伏勧告か。まあ、試しにやってみればいい」
「ああ。そうさせてもらう。攻撃は控えろよ」
「わかっている」
こんな極短い会話で全てが決される訳である。
さて、ナーセル中将は自分名義で降伏を自由アフリカに勧めた。
曰く「我々は平和を望む。諸君らは武力でアガトクレスを倒そうとしたが、それは、間違っている。諸君らは、文明国の一員として、言論に訴えるべきである。
然るに、我々に降伏せし暁には、寛大な処置を約束し、その言論を政治に取り入れよう。直ちに平和的に降伏せよ。
これより15分、考える時間を与えよう。回答がなければ、殲滅あるのみである」と。
これは相当に寛大な申し出なのだが、ナーセル中将も、自由アフリカが易々と降伏するとは、大して期待していなかった。
案の定、15分後、彼らから何かが来ることはなかった。
「敵に降伏の意志はなし、と。終わりだな。全軍、敵艦隊に総攻撃を仕掛けよ。また、対空防御はいつもより密にせよ」
ナーセル中将は最後の命令を下した。
ただ、一つ警戒すべきは、敵の駆逐艦の多さである。いくら対艦ミサイルと言えど、それなりの脅威ではある。だが、それでもこちらの駆逐艦の方が多く、また、艦隊の規模でも圧倒的な優位を誇っている。
いつもより少々警戒しておけば問題はないだろう。
「閣下。敵軍より、対艦ミサイルです。数はおよそ600」
「思っていたより少ないな。まあ、各艦、迎撃せよ」
想定通り、対艦ミサイルが飛んできた。まあ、とは言っても、大したものではない。
迎撃は容易だと思われた。
しかし、どうも様子がおかしい。
「ん?何だ?この軌道は?」
対艦ミサイルの群れはかなり大きく散開しているように見える。そのお陰で迎撃が上手く機能していない。
「艦隊を包むような軌道だが……」
その時、彼は閃いた。いや、閃いてしまった。
「まさか、敵の狙いはここか!?」
対艦ミサイルは巨大な円のように広がっている。艦隊の上下左右を、全く当たる気がないかのように進んでいるのだ。しかし、その円を進めてすぼめれば、その点はちょうど戦艦リビアと重なる。
「か、閣下!その通りです!身を隠して下さい!!」
戦艦リビアが燃え上がるのは、そのすぐ数秒後であった。




