最終攻勢
崩壊暦214年12月6日09:13
「全軍出撃。目標はアビジャン。この戦いで奴等に終止符を打て」
そう静かに告げるはナーセル中将である。アガトクレス大統領には毒舌を厭わないが、部下への人当たりは割とよく、人望ある将軍である。
さてここは、旧ガーナ最大の都市、アビジャンのすぐ東の都市、クマシである。
自由アフリカ系のパルチザンを完全に鎮圧し、やっとのことでアビジャン攻撃の準備が整った。ここに集まるは、アフリカ軍4個艦隊、欧州軍2個艦隊、計6個の大艦隊である。
対する敵は僅か1個艦隊、の筈だったのだが、どうもそれが増えたらしい。
「サーダート中将、追加の情報はないのか?」
ナーセル中将はマイクの向こうのサーダート中将に尋ねる。アフリカ軍の通信システムは、艦隊司令官同士であってもボタン一つを押した瞬間に繋がるという、驚異の簡便さを誇っているのだ。
はっきり言って、日本軍などのようにわざわざ映像を飛ばす必要はない。
「ないな。敵の戦力は、今わかっている情報が全てだ」
「そうか。残念だ」
偵察衛星等からの情報から、「日本国」軍の残党がアビジャンに向かっており、その数がおよそ飛行艦60隻程であることもわかっている。また、大した脅威ではないが、多数の水上艦艇もあるという。
60隻というのは決して軽視すべき数ではない。これを足せば敵の戦力はこちらの半分。勿論、勝てない戦ではないが、無犠牲では勝てなさそうである。
「まあいい。当初の予定通り、アビジャンを半包囲してから、敵を数の力で押し潰す」
「ああ。真面目にやれよ、ナーセル」
「お前もだ、サーダート」
通信は終わった。
今回の作戦は単純なものだ。確かにアビジャンは高射砲でハリネズミのように武装しているが、高射砲も飛行戦艦で戦うのならば、飛行戦艦の方が圧倒的に有利なのである。それは高度差によるものだ。
わざわざ奇をてらう必要もあるまい。近代の戦争というものは、本来、物量で殴り合うものだ。
「後は、アレクサンダー中将が仕事してくれるかどうかか……」
アレクサンダー中将は、欧州軍のアフリカ派遣軍の司令官だ。しかし、あまり信用出来ない奴でもある。と言うか、そもそも欧州合衆国が信用出来ないのだが。
そういう訳で、この大艦隊は実のところ、本来バラバラなものの寄せ集めに過ぎないのである。まあ、相手も相手で日本人と馬が合うとは思えんが。
こんな前時代的な戦争をしているとは、内戦に至った国家というものは情けない。
それからおよそ4時間後。
アビジャンまで残り100kmを切った。ここら辺まで来れば、敵の様子も子細に観察出来る。
「普通だな」
ナーセル中将の感想はそれだけである。
都市の上空、少し内側に飛行艦隊を配置し、高射砲とともに防御にあたる。典型的な陣形だ。ただ、少し気になるのは、自由アフリカ軍の稼働率が予想より良いことだ。
「サーダート中将、どう見る?」
再びサーダート中将に通信をかける。
「別に、何かがある訳ではないだろ。最善を尽くしているだけだと思うが」
「ならいい。計画に変更はなしだ」
「了解だ」
短い通信を終え、次にアレクサンダー中将に通信をかける。
「アレクサンダー中将。そちらの艦隊の具合は?」
「万全の体制ですが、何か?」
「そうですか。計画に変更はありませんので、宜しくお願いします」
「ええ。勝利を祈ってますよ」
こちらも通信は終了である。
「やかましい奴だ」
ナーセル中将は一人呟いた。それも、ちょうど回りにだけ聞こえるくらいの声で。
彼の旗艦、戦艦リビアの艦橋は、苦笑いに満ちた。
さて、次なる目標、アビジャンを落とせば、自由アフリカに有力な都市は残らない。事実上、自由アフリカの敗北である。これで内戦は終わるのだ。
アフリカは中央集権に失敗しているとはいえ、その政治はかなり平和に行われている。ちょうど、中世の神聖ローマ帝国がそれと近しい政治をしていた。
平和が待っている。アガトクレス大統領と冷たい殴り合いをする日々が。
「全軍、作戦を開始せよ」
そしてついに戦闘は始まった。




