西岸防衛作戦
崩壊暦214年11月27日09:14
さて、ワシントンから飛んでおよそ72時間。ハーバー中将、ニミッツ大将、戦艦アイオワはサンフランシスコに降り立った。そう、大日本帝国との戦争で最初の激闘が繰り広げられた地である。
そして、サンフランシスコはまたもや戦場となろうとしている。まあ、もっとも、これは劇的な運命などではない。サンフランシスコが戦略の要衝である以上、戦線がここを跨ぐ度に激戦区となるのは必然なのである。
兎も角、日本艦隊は動き出した。現在は、太平洋上、東京から東に4000km程とところにいるそうだ。ハワイ基地を使うだろうから、ここに到着するのはちょうど12月の頭頃になるだろう。
今すぐに攻めてくる訳ではないが、まともな準備を整える程の時間もない。
「さて、閣下」
ハーバー中将は言う。今回の相手はニミッツ大将であるが。
「現在の戦力は、北部に1個、南部に1個、そしてここに3個の艦隊が駐屯しています。如何しますか?」
対して、ニミッツ大将は、やれやれと肩を竦めながら答える。
「それで、白兵戦に対応出来るように改装した艦はいくつだったかな?」
「21です。閣下」
「全然だな」
戦力が半減したとは言え、なおも米軍はそれなりの戦力を誇っている。戦艦はおよそ25、巡洋艦はおよそ50、併せて75隻の戦列艦があるのだ。だが、そのうちの21隻しか白兵戦に対応出来ないという。
54隻も戦列艦を奪われては、米軍は終わりだ。狂信的な抵抗を繰り返した挙げ句、無条件降伏待ったなしである。
「ふう。ダメなものはダメだ。全ての艦隊は、民間人を乗せ、ロッキー山脈の後ろまで下がらせよう」
「承知しました」
ハーバー中将は、逆に何も考えていないのではないか、という勢いで返事を返した。
「おいおい。返事が早すぎるだろ」
ニミッツ大将は透かさず突っ込みを入れる。
「そうですね。まあ、閣下ならばそう言われると思っていたので」
「ま、それ以外ないな」
ニミッツ大将は乾いた笑いを上げた。それは、自らと米軍の無力さを嘆く嗤いであった。ハーバー中将も、笑いはしないが、悔しそうな顔をしていた。
「よーし。西岸は全て捨てると、さっさと全軍に伝えてしまおう」
「承知しました」
さて、米軍の作戦はこうだ。米軍には現在、どう足掻こうと日本軍に対して勝てない。だが、それは艦隊決戦においての話である。ならば、この戦争初の市街戦をやってやろうと。
かつての戦争、第二次世界大戦や第三次世界大戦では、民間人を巻き込んだ市街戦によって夥しい死者が出た。民間人の犠牲の方が軍人より多かったという事実がそれを証明している。
よって、市街戦はするが、市民は全て退避させてからである。市民のゲリラが有効な時間稼ぎ策になるというのは甘い蜜であったが、しかし、ニミッツ大将、チャールズ元帥共々、それは不採用で一致した。
また、幸いにして、人を運ぶものはいくらでもある。飛行艦然り、民間の輸送船然り、民間の航空機も多数ある。本気を出せば、2日もあれば全員運べるだろう。
「しかし、ここでの時間稼ぎも、持つかどうか……」
ハーバー中将は珍しく話を切り出した。
「持たせるのだ。何としても」
「確かに、それが軍人たるものではありますが……」
それでも、リアリストのハーバー中将は不安そうである。何せ、ここまで大規模な地上戦など、歴史の教科書で読んだだけなのである。更には、教科書にはない要素がいくつか加わっている。
「都市」という特殊な戦場。「飛行艦」という新たな兵器。
「そうだ、中将。全ての戦列艦を改装するまで、どのくらいかかる?」
ニミッツ大将はぽんと手を叩く。
「そうですね、おおよそ、28日です」
「わかった。で、サンフランシスコの直径は50kmくらい。だったら、1日2kmずつ下がればいいのではないか?」
「確かに」
なるほど、そう考えれば余裕はある。歴史を振り替えって見れば、1日100mしか前線が進まなかったことなどざらにある。そう考えれば、案外余裕はあるのかも知れない。
「承知しました。戦い抜いて見せましょう」
「ああ。頼むぞ」
ニミッツ大将はハーバー中将の肩に手を置いた。さて、戦争の準備を始める時間だ。




