チャールズ元帥の治世
さて、次に内政の話をしよう。
まず、アメリカ連邦は現在、アメリカ合衆国とアメリカ連邦始まって以来類のない事態に直面している。即ち、大統領失踪である。
憲法からして、大統領死亡の際の対応は良く定められている。しかし、その死亡も確認できないこの状況では、大統領職を誰かに委譲すべきか否かという問題が出てきた。
結論としては、ルーズベルト大統領は職務を遂行出来ない状況にあると見なし、副大統領のドーズにその職が委ねられることとなった。少なくとも向こう1年は、彼が行政府の長となる。
というのが、表向きの政権である。
実質は、ドーズ新大統領に権限はほぼない。彼の政府に許されたのは、軍部からの指令を下達し、その政策を円滑に進める助力をすることのみである。
現統治機構を完全に解体すれば、その後の混乱は避け得ない。最上部以外の機構はほぼそのまま残されており、市民からすれば、特に何かが変わったというものではない。
だが、非公式なチャールズ元帥の組織によって、アメリカ連邦政府は事実上の軍事政権となっている。事実上、チャールズ元帥の立場は、大統領の上に立つ者なのである。
さて、その統治だが、言ってしまうと、旧政府と何ら変わらない。これは、その前提が崩壊したからである。
そもそも、チャールズ元帥が革命を起こした理由というのは、日米の不毛な戦争を止めさせることであった。戦争をいつも起こす文民政権を打倒し、軍人による全うな政権を造るべきであると。
だが、日本国が完全に崩壊したことによって、戦争の早期終結は絶望的となった。大日本帝国との和平の道は見えず、結局、戦争の邁進に勤めるしかなくなった。
軍の再編はもちろんのこと、国民の統制も欠かせない。チャールズ元帥としては、アメリカが日本に奪われるなど、断固として許し得ないものだからだ。
さて、その国民統制に関して、ホワイトハウスでは今、重要な決定が為されようとしている。
「ドーズ大統領、入ります」
「ああ。わかった」
先に待ち構えていてチャールズ元帥のもとに、ドーズ大統領はすたすたと入ってきた。ドーズ大統領は、どちらかというとインテリのような性格で、ルーズベルト大統領のようなカリスマ性はない。
ドーズ大統領は、これまた控えめに席につく。
「さて、ドーズ大統領閣下。今回、私は、現下のアメリカ連邦の窮状について、最高の効果を持つ解決策を提示するため、ここに来ました」
チャールズ元帥は力強く言い切った。そして、ここに集う者たちにとって、その意味するところは自明であった。
「いよいよ、私の名ばかりの権力も、失われるのですね」
「それは、大統領閣下が決めることです。私は、あくまで、これを提案するのみです」
チャールズ元帥はそんな戯れ言を言ってみせる。これはまさに、議事録に残す為だけの無意味な発言なのだ。チャールズ元帥もドーズ大統領も、目が死んでいる。
「わかりました。では、アメリカ連邦大統領の名において、私は、宣言します。私は、今日この日より、アメリカ連邦全土に対し、戒厳令に基づき、戒厳を布告します」
とっくのとうに決まっていたことだが、この日を以て、米軍へ正式に国家権力が付与された。
戒厳即ち、軍部が直接に政治を行うことである。これは明確に法律に定められたもので、何も違法な行為などではない。因みに、戒厳を定めた法律を、戒厳令と呼ぶ。
「わかりました。我々、アメリカ連邦軍は、今日この日より、アメリカ連邦全土な施政権を|総攬『そうらん』します。
我々は、連邦を保護、擁護し、この義務を一切のわだかまりなく引き受け、この義務を厳粛に、良好に遂行するものです。神よ、照覧あれ」
チャールズ元帥は、そんな宣誓を述べる。そして、儀礼的な手続きとして、ドーズ大統領が尋ねる。
「最後に、あなた方は、この職務を厳粛に遂行しますか?」
「はい」
「では、これにて、戒厳が完全に布告されたとみなします」
全土に戒厳が布告された。
これからは、煩雑な手続きを経ることなく、チャールズ元帥の命令が、直接、アメリカ連邦を動かすこととなる。
また、あくまで戒厳は、国家の非常事態に対応する為の措置だ。いずれは政権をドーズ大統領に返還することとなる。とは言え、それはまだ先の話。それに、大統領が国家元首であろうとも、軍部がそれを御せるというのも証明済みである。
兎も角、名実ともに、チャールズ元帥は、アメリカ連邦の最高指導者となったのだ。




