異例の御前会議Ⅲ
伊達侯爵に曰く、
『ひとつ申し上げたいのは、何故に侵略をも否定するか、ということです。別段、徹底的にソビエトとアメリカを叩き、以て無条件降伏を迫ればよいのでは?鈴木伯爵?』
とのこと。鈴木大将もまた、煽り全開で答弁する。
「私めが申し上げたいのは、ひとえに、臣民の心情を憂いてのことです。例えば、ソビエト共和国のモスクワを落とし、無条件降伏を迫ったとしましょう。
ここで、『ソビエト共和国からは賠償金を取るのみ』と言えば、臣民の不満は抑えられますまい。彼の日比谷焼き討ちの二の舞になるのではないですかねえ」
つまり、もしソビエト共和国を完全に屈服させた場合、指導部としてはソビエト共和国を併合したくはないが、しかし、そうでもしなければ、臣民の不興を買うということだ。
この時代、というか今に始まった話ではないが、例え主権者が天皇であろうとも、その臣民の世論は無視できない。古代より、やはり、国を作るのは平民であって、君主もその意向を無視できないのだ。
これは、「絶対王制」の元でも、西洋国家は王の鶴の一声では動かなかったという歴史が克明にしてくれる。
『なるほど。とても論理的な回答です。ひとまずは退いておきましょう』
伊達侯爵はすんなりと席に戻っていった。
その代わりに現れたのは、東方方面軍代表の伊藤中将である。
『鈴木大将。とは言え、既に帝国は莫大な国富をアメリカ連邦にに対して差し向けており、どうして、アメリカ連邦への無併合をなし得るのですか?』
確かに、ソビエト共和国とは、まだ開戦に至ったばかりであり、何とか講和にこぎ着くことは出来る。だが、既に、アメリカ連邦には攻め込んでしまっているのだ。
臣民の感情を考慮せよとの鈴木大将の理論は、寧ろ、アメリカ併合の論拠となる。
「確かに、アメリカ連邦との戦争は長きに渡っており、このまま併合もしなければ、国内は荒れるでしょう。で、あらば、アメリカ連邦を解体するというのは如何ですかねえ」
『なるほど、ここで後出しですか』
「悪いかな?」
併合は臣民の質を下げるから避けたい。だが、国内の不満も避けたい。ならば、戦後には悪の帝国たるアメリカ連邦を解体し、それで臣民の不満を掃ければよいのではないか。
『戦後賠償については、どうするのですか?』
伊藤中将は尋ねた。確かに、アメリカ連邦を解体してしまっては、戦争責任を問う相手がいなくなる。
「そうですねえ、賠償としては、米軍の艦艇は全て没収するというのはどうですか?」
『では、そのアメリカの防衛はどうするんですか?』
「暫くは、帝国が肩代わりすればよいのでは?」
『なるほど、なるほど。では、これにて私は下がりますね』
伊藤中将も席に戻る。その後も激論が続いた。
原首相などは、鈴木大将とは少し違い、アメリカの傀儡化を提案した。しかし、小沢大将や伊達侯爵などの対米強硬派はこれを拒絶。アメリカを属領とすることを求めた。
やはり、アメリカと帝国本国との交通を制限すれば、鈴木大将が懸念するような皇民の質の劣化は起こらないと言う。鈴木大将はこれには反論しなかった。
また、対ソ戦線については、早期終結を目指す原首相、小沢大将と、無条件降伏を突きつけよとする伊達侯爵との間で論戦が繰り広げられた。
ただ、全体の雰囲気はソビエト共和国との交戦は無益とするものだ。さしもの伊達侯爵も、その持論を取り下げた。
ユーラシア大陸に関しては、早急に平和を回復すべしとのことで決定した。
やはり問題はアメリカの戦後処理である。
選択肢は3つ。
アメリカの植民地化、アメリカの独立を保証した上で賠償金を頂く、アメリカ連邦の解体、である。
但し、二つ目の選択肢はほぼ考慮されなかった。臣民感情からして、これはない。
植民地化も、コストが嵩む、皇民が穢れる、統治が面倒、などの理由で否決された。
とすると、選択肢は、アメリカ連邦の解体で臣民のガス抜きをする、というもののみが残る。
ただ、これもまた二股に別れている。実利を考えた時、如何にアメリカに償いをさせるかと。これがなかなか纏まらず、会議はこの為に50分も延長された。
さて、ついに決着は着かず、皆はこの議論を放棄した。
『では、アメリカ連邦に関しては、期間限定での軍政を敷き、その後、然るべき時に処理する、というもので宜しいですか?』
『ああ、それでいい』『結構だ』『問題ない』
とまあ、情けない指導部連は、この問題を棚上げするに終わった訳だ。




