異例の御前会議Ⅰ
さて、平壌攻防戦から3日が経った。野蛮なるソビエト軍に爆撃を受けた平壌は、大きく傷ついてしまった。今のところ帝国軍は、災害支援などと同様、その復興に手を貸しているが、それでも手が足りない。
いくら天皇に仕える臣民の筆頭であっても、足らぬものは足らぬのだ。内地から人を呼ばなくてはならない。
「近衛」という響きを聞くと、如何にも貴族的な、実戦など縁もないような姿を浮かべるかも知れないが、それは断じて違う。寧ろ、この近衛軍こそが、最も帝国の為に尽くす部隊なのである。
そうであるのだが、しかし、誤解を招くものが少々。近衛艦隊は、実情はともかくとしても、その飛行艦は派手過ぎる。周りとの差をつけたいという天皇の意向ではあるが、少々やり過ぎである。
その筆頭の戦艦和泉では、鈴木大将が自室に籠っていた。この自室も些か派手なものである。だが、初めてこれが役に立つ日こそ、今日である。
「ああ、皆様、聞こえていますかねえ」
鈴木大将は、人工の明かりに照らせれた部屋の映るモニターに話しかけた。
『ああ、聞こえているぞ、鈴木大将』
「はっ、陛下。ありがとうございます」
事務的に通信の具合を確かめただけだったのだな、それに応えたのは天皇その人であった。さしもの鈴木大将も一瞬だけ動揺したが、すぐに偉儀を正した。
『皆様お揃いですね。それでは、今次の戦争に関する会議を、ここに、開会致します』
そう宣言したのは山本中将である。東郷大将とは仲睦まじいと思われていた男だが、先の叛乱の際には、彼をなんともなしに裏切った。ノロマそうな見た目をしているが、この男、気を許せる者ではない。
『さて、ではまず、ここに席を連ねる皆様の意見をお尋ねしたいと思います。
元老を代表し伊達侯爵、内閣を代表し原首相、東方方面軍を代表し伊藤中将、西方方面軍を代表し小沢大将、そして、臨時の北方方面軍代表として鈴木大将、お願いします』
初めに全員の名前を言うのは段取りが悪いと思うのだが、ともかく、山本中将の指定通りの順序で、帝国の枢要を担う人々が、自らの意見を表明していく。
この御前会議というものは存外自由で、相手が華族であろうとも、平民がいちゃもんをつけることすら許される。とは言え、平常ならば、大した野次が飛ぶことはない。
だがしかし、今回は様子が違った。
伊達侯爵が意見を述べるなり、閣僚や軍人など、議場のおよそ半分の人々が野次を飛ばしたのだ。
まず、最初の伊達侯爵の所見とは即ち「なおも戦争を拡大し、以て東亜の平和と安定、八紘一宇の理想を実現しようではないか」というものだった。
なるほど、まあ裏で何を思っているかは置いておいて、全うな意見ではある。帝国の影響力を拡大し、その国益を確保するには、最も手っ取り早い方法だ。
だがこれは大反発を食らった。鈴木大将は静観していたが、主に抗議したのは順番が次に回ってくる原首相であった。原首相は「確かに先程の御意見ももっともなことでありますが」という台詞から駁論を始めた。
彼の所見とは即ち「戦局が我が方に優位であるうちに有利な講和を結び、世界の安定を志向しようではないか」というものだった。
また原首相は、その論拠として、欧州、20世紀のヒトラーを挙げた。ヒトラー率いるドイツは、確かに、一時は欧州を席巻した。しかし、不敗に思われたドイツも、やがて衰微し、ついにヒトラーは自殺してしまった。
後世から見ると、ひたすらに自国の防衛に終始した国こそが生き残った。こういう前例がある為、不要不急なる拡大は避けるべきであると。
『原首相、しかし、第二次世界大戦を始めたのは英仏。その故事に倣うのならば、この戦争を始めた帝国は、後々も生き残れるのではないのですかな?』
元老の一人が、原首相に皮肉を込めて言った。
確かに、当時、法的に戦争を始めた国は英仏であった。同様に、今次の戦争の原因を作ったのはアメリカ連邦であるが、法的に戦争を始めたのは帝国である。ならば、帝国は生き残るのではないか。
『それは、ですね、ええ……』
原首相は答えに窮しているようだ。だが、先程非難された伊達侯爵が彼を助けた。
『まったく、原首相の例え話は、そういう意味ではないでしょう。戦争を始めたのが誰か、というものではなく、戦争の経過の問題ですよ』
『ははは。わかっておりますとも。ただ、少々首相をからかいたくなったものでして』
『そのくらいにしておけよ』
『勿論です』
原首相が入る間もなく、事態は終息した。伊達侯爵はこの中で最高の爵位をもった男である。彼の命は、法的な根拠は持たないが、かなりの力を持っている。
さて、次は伊藤中将の番である。




