逆撃
崩壊暦214年11月20日10:23
時は数分だけ遡り、部隊は戦艦和泉である。その時、和泉以下の艦隊は、地上に停泊していた。艦隊はまた、奇妙な、透明な膜のようなもので覆われていた。ちょうど、ソビエト艦隊との間を仕切るように。
また、煌めく金細工に囲まれた艦橋では、しかし、人々は極めて実務的に動いている。
「閣下、震洋部隊より入電。今作戦を貫徹せし、とのこと」
「良きことだ。宜しく、全艦、電磁迷彩を解除せよ」
鈴木大将は言った。
艦隊の前に広がる膜が収斂していく。普通なら、それがどうしたのかと、人は思うだろう。だが、これこそ、帝国軍が仕掛けた最後の罠である。
ここからソビエト艦隊への距離は、およそ30km。ここまで接近していれば、どう足掻いても発見される筈だ。たが、近衛艦隊の位置は露呈していなかった。
「これはまた、『天岩戸』という名に負うものであるな」
「ええ。素晴らしいものです」
天岩戸とは即ち、先程の膜のことである。これは、一切の電波を鏡の如く弾き返す膜である。これで艦隊を覆えば、レーダーにはおよそ映らない。
実は遥か昔からある技術ではあるが、これが実戦で使われたのは、今回が殆ど初めてである。それは、これが余りにも実用に耐えない産物であるからだ。
まずもって、空中でこれは使えない。それは、いくら光学迷彩を施そうとも、エンジンの噴煙で簡単に位置がバレるからだ。つまり、これを使うには、「岩戸」の如く、地上で使わねばならない。
第二に、これを地上で使ったとして、その後はどうにもならないという事情もある。離陸した瞬間に位置が露呈し、そこを砲撃されれば、艦隊は容易く壊滅する。
とまあ、およそ実用に耐えない兵器であった「天岩戸」であるが、この平壌攻防戦においては、奇跡的に条件が揃った為、こうして実戦に出ている訳である。
「まったく、敵も混乱しているようだ。条件は十分である。で、あろう?森大佐」
「はい。まったくです、閣下。では、震洋を放ちましょう」
鈴木大将の副官、森大佐は答える。
「ああ。全震洋部隊に、出撃を命じよ」
鈴木大将は、封建貴族の如き尊大な態度で言った。
近衛艦隊には、例外的に、空母が8隻含まれている。そして、この空母には、震洋がこれでもかと詰め込まれている。そもそも、ソビエト艦隊に近づく必要すらないのだ。
さて、艦隊が上昇しないうちに、震洋が次々と飛び立っていく。目指すはソビエト艦隊であり、また、先の奇襲の10もの戦力で以て攻撃を仕掛ける。
「敵の艦隊防空は機能していない模様です」
「よろしいな。このまま攻撃は続行させよ」
ソビエト艦隊の中で、帝国軍が占領したものは、たったの8隻でしない。しかし、それらは全て、ソビエト極東艦隊を構成する艦隊の旗艦だ。艦隊司令官はおよそ討ち死にし、さぞ、混乱していることだろう。
怒涛の勢いで、およそ五百の特攻機、震洋が突進していく。
艦隊防空が破綻している以上、頼みの綱は個艦防空だろう。しかし、各々の艦が対空砲を撃ったところで、あまり意味はない。
震洋は、敵艦の上に乗ってしまえば勝ちなのである。期待を蜂の巣にされても、無理矢理に乗ってしまえば問題はない。かくして、ソビエト艦隊に震洋が降り注いでいく。
「敵戦列艦全てに命中しました」
「ああ。それでは、全艦、ソビエト艦隊の残りを沈めよ」
現実的な問題として、後方に位置し、かつ、船体そのものが小さい駆逐艦などに対しては、震洋を使うのは有効な手ではない。
「接近は暫し待て。対艦ミサイルで押し潰せ」
「了解しました」
屍人どもが乗り移ったとは言え、一瞬にして敵艦を奪える訳ではない。暫くは平常の戦闘能力を維持するだろう。わざわざ撃たれる道理もないので、ひとまずは、対艦ミサイル飽和攻撃を仕掛ける。
また、これから頂く敵戦列艦を傷つけるべきではないから、対艦ミサイルは、戦列艦の合間を縫うように進む。本来ならば、戦艦が艦隊の盾となるべきであるが、敵は既に機能不全を起こしているようである。
「おっと。流石に堅いな」
「駆逐艦ですから」
駆逐艦というものは、あらゆるミサイル戦闘を専門とする艦だ。そもそも、艦隊防空の過半は、駆逐艦に委ねられている。
「敵艦隊、北へと撤退を始めた模様です」
「追え。暫くすれば、駆逐艦のみが裸城になるだろう」
敗北を悟ったか、敵は後退し始めた。だが、逃げることも出来まい。




