恐慌のソビエツキーソユーズ
崩壊暦214年11月20日07:17
クラミツハが兵士相手に無双をしている最中、ソビエツキーソユーズの艦橋にて。
「閣下、第二中隊、全滅しました」
「わ、かった。くっそ、何なんだ、あれは」
ジューコフ中将は、頭を抱えながら嘆いた。
第7区画を囲い込んだ防衛線は4ヶ所あった。しかし、そのうちの一つが、10分と持たずに陥落。そこから雪崩れ込んだ屍人どもによって、他の3ヶ所も壊滅した。防衛計画は完全に破綻した。
だが、そんなものはまだマシだ。
「あれ」即ち、幾人もの兵士を造作もないように殺しながら、一途に艦橋へと迫ってくる化け物のことである。それは、確かに、見た目は秀麗な女性ではある。しかし、あれに恋する人間はいないだろう。
既に100人を超える兵士が、それによって殺された。全く一切何の攻撃も届かないのだ。いくら増援を送ろうとも、皆殺しにされて終わった。
「閣下、よもや、これ以上の抗戦は、ただ命を捨てるだけです」
パヴロフ少将は言う。あの化け物に対しては、どれ程の物量をぶつけようとも、およそ勝てるとは思えない。今は隔壁で時間稼ぎをしているが、ここに来るのは時間の問題だろう。
「じゃあ、どうすればいいんだ?逃げるのか?」
「はい。最後の手段は、用意してあります」
実のところ、艦橋から逃走する手段は用意してある。檣楼の反対側には外へと出るハッチがあり、そのままでは自殺用にしか使えない訳だが、今回はヘリを用意してある。最悪の場合、ここから逃げることは可能だ。
「だがな……まだまだ部隊は残っているだろう?」
「はい。ここの防衛に回せる戦力としては、まだ2個中隊が残っています」
「ならば……」
まだ戦えるのではないか、と。あの化け物は、今この場で何とかして殺しておきたいのである。いくら犠牲を払おうとも。
「閣下、まさか、人海戦術でもしようとしているのですか?」
「ああ、そうだ。バレたか」
「バレたか、じゃないですよ。そんなことでしたら、さっさとソビエツキーソユーズを捨ててください」
「いいや。私は戦うぞ」
人名重視のパヴロフ少将と勝利重視のジューコフ中将では、意見が全然食い違うのだ。二人の間には妥協点が見当たらない。
「そうだ」
と、ジューコフ中将は、突然何かを思い出したように言う。
「増援はどうなっているんだ?先程、送るよう命じた筈だが」
そう言えば、艦隊に、増援の地上部隊を送るよう命じたのだ。だが、一向にそれが来る様子はない。
「現在、地上部隊を持つ戦列艦は全て、敵と交戦中です。とても増援を送れる状況ではありません」
「な、まだなのか?」
ソビエト艦隊は、日本国軍の教訓を踏まえ、かつ、その戦闘データを分析してある。ソビエツキーソユーズには明らかに想定外の何かが来ているが、他の艦は、今頃、屍人を撃退している筈なのだ。
「他の艦の状況は?」
「屍人が数百、侵入しているだけです」
「あのような化け物がいるという報告は?」
「一切ありません」
「では、何故だ」
他の艦の状況は、それ程悪いとは思えない。ただの屍人が押し寄せているだけだ。だが、防衛は全く上手く機能していないと見える。詳細な戦況は伝わってこず、その理由もわからない。
ただ言えるのは、ソビエツキーソユーズは、自前の戦力のみで戦わなければならないということだ。
「ありったけの戦力、ありったけの重火器を第1区画に集めよ。ここで最後の戦いを挑む。ここで負ければ終わりだな」
「な、閣下!?」
これまでの話はいずこへ。ジューコフ中将は、戦闘の継続を下命した。もちろん、パヴロフ少将はそれに反駁する。
「閣下、兵士の命を無駄に散らすつもりですか?」
「そうならないようにするのが、上官の采配だろう?違うか?」
「な、それは、そうですが」
確かに勝てないこともない。今のところ、奴に試したのは自動小銃だけだが、重機関銃ならば、或いは。
「それに、降伏したところで、命を助けてくれるかもわからないだろう?」
「あっ、確かに」
パヴロフ少将は、無意識のうちに、降伏すれば命は助かるものだと思っていた。しかし、確かに、その確証はない。それこそ旧赤軍のように、捕虜が虐殺される可能性も否定は出来ない。
「最後の時まで、戦おうじゃないか」
「はっ。ならば、戦いましょう」
いつの間にか、パヴロフ少将は丸め込まれていた。とは言え、ここに継戦は決定された。
ソビエツキーソユーズ以外の艦は、苦戦こそしているが、負けるということも考えにくい。ここで勝てば、ソビエト艦隊は一隻の軍艦も失わずに済む。最終防衛線は、檣楼のすぐ下に敷かれた。




