今世紀の初戦闘
崩壊暦214年11月20日06:45
「ふう。上手くいきました」
満員電車のように屍人が流れゆく中、一人の女が呟く。一歩一歩正確な歩調で歩く彼女は、屍人には一切襲われないのである。ヒトに見えるが、ヒトではない。
「ネサク?無事に到着しましたよ」
女はさっと、右腕につけたデバイスに話しかける。
「おう。上手くいったか。これから、そこに適切なルートを送る。それに沿ってくれ。頼んだぞ、クラミツハ」
「勿論ですよ」
彼女の名はクラミツハである。今回は、少々後方から戦局を観察するネサクの指示を受けつつ、この戦艦、ソビエツキーソユーズを制圧する予定だ。
とまあひとまず艦内を進む訳だが、案の定、周囲は隔壁で閉ざされていた。そして、明らかに日本軍より対応が早い。こちらの手の内はおおよそ読まれていると思われる。しかし、クラミツハにおよそ動揺はない。
「面倒ですが、これを使いましょう」
そう言うと、クラミツハは、背中に背負った長銃を取り出した。クラミツハの上半身より長い銃であるが、しかし、彼女はそれを易々と扱う。
この銃は所謂「スナイパーライフル」というやつである。日本語で言えば狙撃銃となる。因みにこれは、ハーグ陸戦条約に抵触しない数少ない兵器でもある。何故ならば、この一撃で敵は吹き飛び、一切苦しまずに死ねるからである。何という人道的な兵器。
さて、クラミツハが見つめるなか、屍人どもは隔壁に群がっていく。屍人は、わざわざ仕込んだ攻城法で隔壁を打ち壊していく。全くもって中世的なやり方だが、使えるものは何でも使うまでである。
「もうすぐですね」
ついに隔壁にヒビが入ってきた。クラミツハは、本来ならば地に置いて使うべき狙撃銃を、その場で微動だにせずに構える。狙撃銃の赤外線スコープからは、隔壁と屍人の向こうの兵士の影が見える。
「3、2、1…」
ガランとコンクリートが崩れる音がするとともに、隔壁は倒れた。そしてその瞬間、重い銃声が凄まじい勢いで押し寄せた。敵方には、重機関銃が6つはあると思われる。
「さて、殺りますか」
次々と屍人が薙ぎ倒されているが、これらはただの肉壁ださに過ぎない。敵の攻撃に間髪いれず、それには目もくれず、クラミツハは銃弾を放った。
銃弾は数体の屍人を貫き、そして敵兵の頭を貫いた。敵兵の体は大きくのけ反り、後ろに吹き飛んだ。ここからでも動揺する敵がよく見える。いきなり味方の頭が吹き飛び、さぞ驚いたことだろう。大変、申し訳ないことをした。
「2、3、……」
クラミツハは、次々と敵を撃ち抜いていく。クラミツハが数を数える度に、頭が一つ、この世から消えていく。その度に、敵からの銃声がおとなしくなっていった。
そして、恐怖に震える敵兵には、続々と屍人が押し寄せていく。また、体に幾つか穴が開いているのが、ちょうど良い恐怖演出となるだろう。
果敢に抵抗する敵兵も、努力虚しく、屍人の攻勢は止められない。自動小銃程度では、何も出来ないのである。
「ここは勝ちですね」
この区画の戦闘は、たったの数分に終わった。
クラミツハは、右腕のデバイスで、ネサクに勝利を報告する。
「ここの隔壁は突破しましたよ」
「おう。良くやった。じゃあ、次にここを目指してくれ」
と、示されたのは、艦橋へのルートである。
「もう一直線で行くのですか?」
流石に時期尚早ではないか。まだまだ敵は残っており、この戦艦はまだまだ生きている。
「安心しろ。屍人を送り込んで、他の防衛線の横っ腹を突く。お前は、安心して艦橋を制圧してくれ」
「なるほど」
ネサクには、既に計画があるらしい。確かに、重機関銃というものは、そう広い角度は狙えない。まさか後ろから屍人が押し寄せるとは思わないだろう。屍人だけでも十分に勝算はある。
「わかりました。艦橋を制圧し、この船を落とします」
「おうよ。よろしくな」
「はい」
通信は終わった。
と同時に、屍人どもが実に綺麗に分かれ始めた。ネサクの采配だろうが、呻くことくらいしか能がない屍人が、戦術的な行動をしている。やはり、ネサクのような才能が欲しいものだ。
「ふう。行きますか」
一方のクラミツハは、屍人の群れから外れ、一人、階段を登っていく。だが、周囲を見渡しても、全くもって人がいない。下の階の防衛に出払っているのか、はたまた部屋に引きこもっているだけかは知らぬが。
さて、コンコンと響く足音は、確実に艦橋、ジューコフ中将に近づいている。どうやら白兵戦を頑張ろうとしたようだが、まったく、残念である。




