平壌上空へ
崩壊暦214年11月20日03:12
例え月が照らす夜になろうとも、ソビエト艦隊は止まらない。
「何?敵が撤退しているだと?」
「はい。閣下。日本艦隊は続々と釜山へと向かっているとのこと」
パヴロフ少将、ジューコフ中将両名に寄せられた報告は、これまた摩訶不思議なるものである。平壌上空で待機していた日本艦隊が、突如として、平壌を捨てたように撤退し始めたのである。
「何を考えてるんだかな」
「考えられるとしたら、敵の作戦に支障が生じ、平壌の防衛が困難になったか、若しくは罠か、です」
「うむ。罠ねえ」
ソビエト艦隊は、東郷大将の艦隊が全滅した経緯を知っている。その為に慎重策を取ってきたが、敵にそのタネが割れて可能性がある。いや、恐らくは既にバレているだろう。
これに対して、敵は単純に、乗り込み攻撃が効果なしの判断し、作戦の建て直しを迫られたのか。或いは、これを利用してソビエト艦隊を誘い出す為の罠か。
残念ながら、こちらにそれを知る術はない。だが、少なくとも、敵艦隊がいないのは事実だ。
「罠があるとしたら、どんなものが考えられる?」
ジューコフ中将は、艦橋中に尋ねる。
「空港ごと我々を攻撃するとか、ですかね」
とある乗組員の言葉が、ジューコフ中将の耳に留まった。
それは、米軍がデトロイトで披露してくれて作戦の焼直しである。デトロイトでは、都市ごとに日本軍を殲滅する計画が実行されたが、確かに、そこまでやる必要もない。飛行艦が着陸するであろう空港に、爆弾なりを仕掛ければいい話だ。なるほど、あり得そうな話である。
「後は、そもそも艦隊がいなくなってはいない、という線は、どうでしょうか」
「ん?どういうことだ?」
「はい。ええ……」
こちらは、ロッキー山脈での戦闘の焼直しである。ロッキー山脈で米軍は、あらゆる種類の迷彩を艦施し、ついに艦隊を隠し通した。確かに、技術的にこれが可能である以上、平壌に敵が潜んでいる可能性は否定出来ない。
「わかった。色々と考えられるものはあるな。と、すると、どうするかだが」
半端に意見を募ったのが間違いだった。思ったより多くの可能性が予測され、無駄に不安が高まっただけである。
「閣下。ならば、平壌を空爆してしまえばいいのではないでしょうか」
パヴロフ少将は言う。
「空爆?そんなこと、ただの虐殺じゃないのか?戦時国際法違反甚だしいが」
確かに、確かに平壌を火の海にすれば、罠もへったくれもないだろう。だが、それで良いのかと言われると、答えはまず否である。ジューコフ中将には、ソビエトの軍人として、アメリカ人のような真似は出来ないのだ。
「いいえ、閣下。空爆は、空港などの主要な区画のみで十分です。艦が留まれるのは、大方そこらしかないです」
「なるほど。それもそうだな」
どんな罠であろうと、それは空港、若しくは、それに代用出来る広場に仕掛けられる筈である。地雷を埋めておくのも然り、艦隊を隠しておくのも然りだ。そこさえ瓦礫の山にしてしまえば、危険はないだろう。そして、これさえすれば、粗方の罠は無力化される。
「これだな。よし。全艦に、平壌空爆を命じよ」
「了解」
やがて、ソビエト艦隊は動きだす。
ソビエト艦隊は、もぬけの殻(と思われる)平壌を完全に包囲する。そして、戦艦、巡洋艦は、飛行艦が着陸出来る程の空間全てに狙いを定めた。その間、敵からの妨害は一切なかった。
「準備完了」
「わかった。全艦、撃ち方始め!」
この日、ソビエト艦隊が初めて撃った砲弾は、敵に対してではなく、都市に対してであった。
砲弾が着弾する度、地面からアスファルトが撒き散らされる。弾痕は数メートルのクレーターとなり、それが次々と現れる。次々と地面が耕され、ついに、おおよそ舗装路と言えるものはなくなった。
「命中率、87%です」
「低いな。はあ、それが限界なのか」
「恐らくは」
いくら動かない目標でも、数十kmも離れた距離での砲撃では、どうしても流れ弾が出てしまう。案の定、既に幾つかの建物を破壊してしまった。もっとも、避難勧告の為に犠牲者は出なかったが、それでも、これはあまり心地のよいものではない。
そして、パヴロフ少将らの危惧は外れ、罠とおもわれるものは何もなかった。残ったのは、ただの廃墟だけである。
「まあまあ、これで安心だな。全艦、平壌へと進め」
安全を確保したソビエト艦隊は、平壌への包囲を狭めていく。
「どうやら、敵はただ恐れをなしただけのようだな」
「はい。もっとも、純軍事的に考えれば、これが最も妥当ですが」
「そうだな」
日本艦隊は本当に撤退したようだ。とは言え、まだまだ釜山には敵艦隊がおり、戦争が終わった訳ではない。




