ある少年の記憶
いやまた新しい奴出てきたよ。
王政復古。御維新。捲土重来。
そんな言葉がまことしやかに叫ばれていた。屍人がのさばる少し前は、そんな時代であった。
当時、日本は混乱に包まれていた。後に日本革命と呼ばれるそれは数年続いた。だが、やがて、大日本帝国政府はその終息を宣言した。
それから数年。米中戦争が勃発し、日本は中国側に立って宣戦を布告。ラテンアメリカ諸国、中東諸国、アフリカ諸国もこれに続き、この戦争は、アメリカ対世界の世界大戦へと発展した。
鬼畜米帝の掛け声のもと、世界が団結した。日本は、その先鋒として戦った。
国内は、戦争に沸き立っていた。積年の恨みを晴らし、世界に正義をもたらすのだ。空を飛ぶ鋼鉄の箱舟、飛行戦艦は、戦争の熱を更に高めた。
時の天皇は、国内各地を行幸し、多くの臣民を励ました。長きに渡る戦争は、徐々に国内を疲弊させていたのだ。アメリカ大陸は広く、米軍の狂信的な抵抗もあって、人類解放軍の進撃も止まっていた。
だが、国民は、厭戦に逃げることはなかった。数百年来の大義を果たす対米戦争は、正義そのものであったからだ。日本に住む全ての者が、武器弾薬、糧食、兵器を製造し、前線の兵士を支えた。
ある日のこと、少年が住む都市にも、天皇は行幸した。時の西川総理大臣もまた、その隣にいた。
落ち着いた色の、菊の紋煌めく馬車から、天皇は手を振っていた。天皇は、絢爛豪華な白亜の軍服を着ていた。
大通りを、その馬車は通っていった。その左右には、無数の人々が、日章旗や旭日旗を高く振り、天皇陛下万歳と叫んでいた。
少年は、天皇を慕っていた。新たな日本の君主として、世界に太平をもたらされると信じて疑わなかったのだ。少年は、日本を愛していた。少年は、アメリカを憎んでいた。
ついに、少年は、その欲を抑えられなくなった。少年は、天皇の馬車のもとへと駆け出したのだ。
「陛下ぁ!」
勿論、侍従はそれを止めようとした。だが、天皇は、それを手で制した。結果的に、天皇と少年の間には、綺麗な道が開けたのだ。
そして、何と、天皇は、自ら馬車から降りたのだ。
「へっ、陛下。その、ああ……」
少年も、本当にこんな間近でお目見えにかなうとは思ってもいなかった。言葉が出なかった。
「君、名前は?」
天皇が問い掛けた。
「楠、です、陛下」
少年は、顔を真っ赤にして言った。目の前には、憧れの天皇その人がおられたのだから。
「そうか」
天皇は微笑んだ。
「僕の為に、ここまでしてくれて、ありがとうな」
「はっ、そんな、滅相もありません!」
「ははは。君のような子は、初めて見たのだよ」
天皇は、たいそう嬉しそうでいた。だが、少年は、素直に受け取れなかった。
「ふむ、あまり時間もないのでな。楠君。君のことは、いつまでも覚えておくよ」
「ありがとうございます、陛下。今後とも、米帝との戦争も、頑張って下さい!」
少年は、最後に全ての力を振り絞り、自らの気持ちを伝えた。天皇は、驚かれたようで、目を少し大きく開かれた。
「勿論だ。君も、小国民として、帝国の平和に貢献してくれよ」
「勿論です!」
「じゃあ、さようならだ」
「さ、さようならであります」
やがて、天皇は馬車に乗り、遥か彼方に去っていった。
しかし、少年は、この数年後には屍人が蔓延し、帝国が崩壊するとは知らなかった。天皇が崩御することも。
少年は、最後の時まで、これを忘れなかった。




