海原を揺蕩う者達Ⅱ
「すみません、大和です。東條少将、ご都合は宜しいですか?」
と、いつもは話すことすらない大和が、突然に話しかけてきたのだ。しかも、何故か今は、妙に人間的な声をしている。
「問題ないが、な、何だ?」
東條少将は、まるで大和が初対面であるかのように言った。実を言うと、東條少将は、大和に話しかけたことは多々あっても、大和に話しかけられたことなど一度もないのである。恐らくは東郷大将もそうであっただろう。いや、そもそも、大和にそんな機能はない筈なのだが。
「はい。ええ、率直に言いますと、今、皆様が探している何者かというのは、私です」
「「えぇ?」」
艦橋には、気の抜けた感嘆と疑問の声が響き渡る。そして、訪れるのは静寂である。
「いやいや大和、色々と言いたいんだが……ああ……」
まず、何時から大和がこんなに話すようになったのか。ハッキングでもされたのか?本来、大和というのは、ただのコンピュータ・プログラムに過ぎないのだ。故に、それが屍人を斬殺するなどあり得ない。そして…………
混乱した思考を整理しつつ、東條少将は言葉を一つずつ紡ぐ。理路整然にマイナスをかけたような論理ではあったが、このAI、大和は理解したようである。
「そうですね、説明の順番に迷いますが、まず、あなた方とお会いした方がいいですね」
「あ、会うだって?」
既に話しているではないか。そうは思いつつも、しかし、少々お待ち下さいとの大和の願いを聞き入れ、一行は暫くここで待つことにした。大和も沈黙し、再び静寂が一帯を埋め尽くす。
そして42秒後、艦橋の歪んだドアがゆっくり開けられる。ドアの奥からは、見たことのない女性がひょこんと顔を出してきた。緋色の軍服を纏っている彼女は、艦橋を色々と物色しながらこちらに迫ってきた。それには、誰も文句は言えなかった。
「こんにちは、皆様。改めまして、大和です」
「「「いや誰!?」」」
そこには、にこやかな微笑を浮かべた女性が立っている。それは、とてもAIなどではない。だが、声は明らかに大和のそれであるし、一体全体こいつは何者なのだ。
「まずは、この体の自己紹介をしましょう。この体は、サイバーメカニック社自律ヒューマノイド2173年7bモデル特別改造型、個体識別番号2173Jpn.aa0001、通称、大和です。よろしくお願いします」
「サイバーメカニック?じゃあ、やっぱりあんたが大和、なのか……」
「はい。この義体では、お初にお目にかかりますね」
この美しい女性こそ、大和であるらしい。未だに意味はわからんが。
さて、サイバーメカニック社というのは、かつて旧文明の産業を牛耳っていた超大企業である。そんな企業の、それも恐らく最新作と言われれば、確かに、ここまで自然に人間らしく振る舞えることにも無理はない。
「そして、これまで皆様と会話をしていた私は、私から一切の感情を切り取って演算能力だけを取り出してものです。なので、今ここにいる私が、本当の大和なのです」
「はあ。そ、そうか……」
と言われても、まだまだ疑問は残っている。大和はそもそも、最近戦艦大和に取り付けられたものと聞いていた。それに、そもそも何故こんな機能過剰の代物がここにあるのか。疑問は尽きぬ。
「そうだなあ、まず、つまり、お前は200年前に作られたヒューマノイドで、それが何故かここにあると?」
「はい。既に耐久年数150年オーバーですが、元気にやってますよ」
「ええ……」
何故か嬉しそうに語る大和のことは、本当に理解出来ない。大和は、今すぐに故障しても文句は言えない状況らしい。加えて、サイバーメカニック社はもうとっくに滅びている。故障したら終わるのだが……
「ああ、そうだ。さっきお前は、屍人を殺ったのは自分だと言ったな。それはどういうことだ?」
「はい。つまり、この体で屍人を殲滅したということです。この体は、屍人には全く相手にされませんからね」
確かに、大和はただの機械である。屍人から狙われる筈がない。大和は、それを生かして屍人を狩って回ったそうだ。
「そうか。艦を代表し、礼を言う」
「いえいえ。ただ義務を果たしただけですよ」
戦艦大和の危機は、この大和によって救われて訳だ。と、ここで、一つ問題がある。
「なあ、お前をどう呼べばいいんだ?その、大和はこの艦の名前であるし、紛らわしいじゃないか」
「は、そうですね」
大和の危機を大和が救ったと言われても、全く意味が伝わらないだろう。これは、存外に重大な問題なのだ。
「ですが、やはり、私は『大和』と呼んで欲しいです。これが気に入ってて……」
「いや、それだと困るのだが」
「でしたら、この艦の方には戦艦大和と『戦艦』の語を付けたりして対応して下さい」
「そうか、どうしたものだか……」
しかし、遂に大和が折れることはなかった。かくして、戦艦大和の新たな乗組員として大和が加わることとなった。




