東京攻防戦Ⅸ
しかし、それもそう長くはもたなかった。
「わ!刀が!」「こっちもだ!」
刀が消耗し折れてきたのだ。いくら刀捌きを学んでいるとはいえ、かつての武士程の実力はない。ただ装甲の隙間を貫くだけでも刀は消耗し、やがて、折れたり、まともにものを斬れなくなったりして、役立たずとなっていった。
自動小銃の先に付けた銃剣も使えるが、やはり一段劣る。牟田口大尉も徐々に押されてきた。
「おい!そこの屍人を殺れ!」「こっちも手一杯なんですよ!」
その時、屍人が一匹、艦橋の奥へと抜けた。機動装甲服の兵士は皆手一杯で、それに対処出来ない。
「私がやらせてもらいますよ!」
そう言うと、鎧も纏わぬ近衛大佐は、屍人に向かっていった。屍人は、彼に襲い掛かる。幸いにして、その手にくくりつけられた自動小銃が弾を放つことはなかった。
「うらぁ!」
近衛大佐の刀は、屍人の頭に見事刺さった。そして、彼が刺した刀は、何とか屍人の脳に届いたようだ。屍人は倒れた。
だが、その後も、状況は好転しなかった。どんどんと漏れてくる屍人は増えた。その度に、刀しか持たない兵が迎え撃つ。すぐにそれは常態化した。
もはや、守る者と守られる者の区別はなくなった。艦橋の全ての者が戦うしかない。しかし、機動装甲服からすれば脅威ともならない小銃弾も、丸腰の体には堪える。既に3人が撃ち殺された。
だが、そんな時、下の指揮所から通信が入ってきた。
「どうした!」
東郷大将は、何とか通信を繋げた。
「それが、見え、ませんか?」
「は?何を言ってる?」
「外です」
「外?」
外など、気にしている場合ではなかった。だが、そう言われれば、見るしかない。東郷大将は、半信半疑ながらも外を見る。だが、それはすぐに見えた。
「は?備後が、沈んだ?」
目の前で、戦艦備後が沈んでいった。それも、砲撃によるものだ。しかし、敵からの砲撃は届くはずはない。
「おい!どうなってるんだ!」
東郷大将は、マイクの向こうのオペレーターを怒鳴り付けた。向こうから、大きく息を吸う音が聞こえた。
「第二艦隊が、裏切りました!」
「何だと!本当か!」
「はい!つい先程、突如として、第二艦隊が他の艦隊に対し砲撃を始めました!」
最悪の結末だ。これは。第二艦隊が裏切ったのだ。外を見れば、既に砲撃戦が始まっていた。だが、それも末期的な抵抗に過ぎなかった。第二艦隊が狙っていたのは、屍人が乗り込んでいない艦だ。屍人に乗り込まれた艦は、まともな反撃も出来ない。それは大和も同じだ。
だが、それでも第二艦隊が裏切ったということにもならないと、東郷大将は気づく。
「第二艦隊がそもそも屍人に制圧されたんじゃないのか?確認しろ!」
「はっ、わかりました!」
第二艦隊旗艦武蔵が乗っ取られたならば、こうなる可能性もある。それも、向こうと通信をしてみればわかるだろう。だが、それは、わざわざ通信をかけるまでもなかった。
「閣下!武蔵より通信です!」
「繋げ!」
そして、武蔵からの通信は、頭上のメインスクリーンに映し出された。そして、出てきたのは、
「ご無沙汰です、東郷大将。お元気ですか?」
「伊藤少将、貴様!」
出てきたのは、伊藤少将であった。それも、いつもの余裕綽々として顔で、東郷大将を嘲笑している。そしと、それは正に、第二艦隊が裏切った証そのものだ。
「おやおや、お怒りのようで、申し訳ありません」
「貴様、何故だ?何故裏切った!」
伊藤少将は、いつでも東郷大将の腹心であり、良き軍人であったのだ。それが、裏切った。
「裏切り?裏切り者は閣下でしょう。私は、徹頭徹尾、天皇陛下に付き従うだけでしたよ」
伊藤少将は、それがさも当然であるかのように言った。彼にとってみれば、これまで東郷大将の味方であったのは、東郷大将が天皇の臣下だったからなのだ。
「お前は、この革命の意味を理解しておいて、なお、天皇陛下に尽くそうというのか!」
「もちろんです。天皇陛下が何をなされようと、私はそれに付き従うまでのこと。それが臣下というものでは?」
「加藤少将の言うように、君主の非道を正すこともまた、臣下の務めであると、思わなかったのか!」
「いえいえ、まさか。天皇陛下こそ絶対のお方です。寧ろ、閣下こそ、天皇陛下の御聖慮を知らないのですか?」
「聖慮だと?知らんが」
東郷大将にとって、それは、本当に知らないことだ。伊藤少将の言っていることは、理解の範疇にない。
「ああ、そうでしたか。残念です。やはり、ここで死んでもらいますよ」
「私は死なんぞ」
「どうでしょうね?」
伊藤少将は、ゴミクズを見る目で東郷大将を見た。
「まあ、精々足掻いてみて下さいよ。大和は、もったいないので沈められないんですよね。ですから、そこで屍人にでも殺られて下さい」
「帝国軍人をなめるなよ。いつまでもお前に噛みつくぞ」
「おお、怖い怖い。まあ、私は艦隊の指揮がありますので、これくらいで失礼しますよ」
「さっさと消えろ」
「ええ、さようなら」
だが、艦橋は、絶望的な空気で包まれた。




