東京攻防戦Ⅴ
大和にも、艦橋の下には指揮所がある。ここを抑えれば、大和の戦闘力は大きく低下するのだが、敵はここに興味はないようだ。敵は、艦橋に一直線に迫ってきている。
そして、檣楼下の広場では、まだ見えぬ敵へと機関銃の銃口が向けられている。その先には、一枚の隔壁がある。今、その隔壁にはヒビが入ってきている。屍人には、爆薬で隔壁を破る術が教え込まれているようだ。
「総員、構え!」
牟田口大尉の号令で、兵士は小銃や機関銃の引き金に手をかける。
「さあ、来るぞ」
いよいよヒビが大きくなってきた。隔壁がゆっくりと崩れ落ちていく。兵士は、ただその先を見つめる。一切の言葉もない。ただ、その時を待つ。
実際に待ったのは、精々30秒程度だったのだろう。しかし、それは、数時間とも思える時間であった。
そして、
「撃て!!」
遂に隔壁が根本から倒れた。敵が迫る。
その瞬間、100程の銃器が一斉に火を噴いた。吹き出す火薬の炎は、辺りを照らした。凄まじい銃声は絶えることはなく、耳が壊れそうだ。
腐るほどの弾丸が、屍人を襲う。銃声の同じだけ、鉄と鉄が弾かれる音がする。だが、あまりの弾丸に、屍人も下がっていく。
「いけるぞ!撃ち続けろ!このまま押し返せ!」
屍人の装甲も徐々に剥がれていく。そして、その隙間に弾がめり込む。屍人は、手足をあらぬ方向に曲げる。次々と手足は吹き飛び、血が飛び散る。
全身を撃ち抜かれると、屍人もやっと死んだ。ぐちゃぐちゃになってもなおも動いていた屍人は、兵士らの嫌悪を向けられるには十二分であった。
状況は、今のところ優勢だ。屍人は全くこちらに来ない。一歩でもこちらに迫れば、全身を蜂の巣にされるのだ。
廊下の奥には、なおも屍人が犇めいている。しかし、そんなものは最早脅威たり得ない。前から順に、屍人はたんぱく質の塊となっていく。機関銃の威力の前には、屍人の皮膚など紙に等しい。
「大尉殿、これなら、勝てますね」
「ああ。流石に、これを越えられはしないだろうな」
牟田口大尉は、自信満々に言う。屍人が走り出そうと、一瞬で足を打ち砕ける。屍人が何をしようと、この陣地は崩れないだろう。
「ですが、機関銃がないと、屍人と戦うのは厳しそうですね」
「ああ。そうなると、大和の奪還はなかなか厳しいな」
「ええ」
実際のところ、屍人を貫いているのは、殆どが固定の機関銃だ。小銃は、装甲が剥げた箇所を後追いする程度である。だが、機関銃を持ち運び、ましてや、手持ちで撃つなど不可能だ。
防衛は出来るが、既に屍人に占領された区画の奪還は困難だ。
「ひとまずは、ここの屍人を殲滅しましょう」
「ああ。やってやろう」
そう言うと、牟田口大尉は小銃を構えた。そして、屍人の装甲の隙間を撃ち抜いていった。
まずはここの防衛からだ。ここを破られては、艦橋も終わる。それは敗北と同義だ。
未だに、隔壁から3m以上の前進は許していない。防衛線は安定している。
だが、そんな時であった。
「あれは!」
床に転がる無数の薬莢の中に、一回り大きい何かが転がってきた。牟田口大尉は、確かにそれを見た。
「総員!伏せろ!手榴弾だ!」
静かに転がってきたそれは、手榴弾である。ころころとこちらに転がってきた。
前線の兵士らも、射撃を中断し即座に伏せる。しかし、僅かに遅かった。
バン。バン。バン。
音は大きくはなかった。しかし、爆煙が辺りを多い尽くした。そして、鉄の破片、機関銃の一部が飛んできた。
「くそ、お前ら、無事か!?」
牟田口大尉は、煙の先に話しかけた。だが、返事はない。そして、すぐに煙が晴れる。
「おいおいおい!畜生が!」
その先には、バラバラになった機関銃と吹き飛んだ人が散らばっていた。一瞬にして、機関銃陣地が壊滅したのだ。濁った血溜まりが、床を覆っていた。転がってきた数個の手榴弾は、見事に爆発し、回りの人と物を吹き飛ばしたのだ。
「大尉殿!撤退です!ここはもちません!」
屍人どもは、情け容赦なく歩いてくる。迫る屍人に対し、まともな反撃すら出来ない。ここは棄てるしかない。
「上だ!艦橋の目の前に防衛線を張るぞ!総員撤退!」
ここから上には、暫くは階段しかない。その上には艦橋がある。この時代、艦の制御の半分が艦橋に集中している。その為、艦橋に至るまでは、特に何もないのである。一応はレーダーの保守点検の為の設備くらいはあるが、本当にそれくらいしかない。
唯一の開けた場所は、艦橋へと入るドアの手前だ。追い詰められた果ての水際防衛だが、最早、仕方あるまい。
時間稼ぎに隔壁を閉じつつ、牟田口大尉は階段を登っていった。




