ワシントン攻防戦Ⅱ
アイオワ及びその他の艦隊よりも、その光景は良く見えた。それは、とても信じ難いものであった。それは、こちらにとっては福音そのものであったが、恐ろしくも感じられた。
彼らは、ちょうど、ソドムとゴモラを見たアブラハムのような気持ちを抱いた。
ついさっきまで、熾烈なミサイルの応酬を繰り返していた敵艦隊。その前衛たる戦艦群が、一瞬にして全滅したのだ。
戦艦の下から火が噴き出したのだ。その瞬間、戦艦その者が何かを忘れたように、動きが止まった。そして、なす術もなく、戦艦は落ちていった。中には、完全に4つの主機を破壊され、無情にも自由落下していった艦もあった。
そんな艦には、生存者はそうそう残らないだろう。間違いなく、この攻撃は、今次の戦争での最大の死者を出したに違いない。
前衛は一斉に落下し、その後ろに詰める巡洋艦群が露となる。
「閣下、こ、これが、奈落の門、なのですか」
ハーバー中将やチャールズ元帥など、一部の重臣にしか、タルタロスについては通達していなかった。それは、タルタロスが配置されていると露呈すれば、一瞬で消し炭にされていたからだ。
本気で戦えば、タルタロスに勝ち目はない。このたった一度の奇襲こそ、タルタロスを用意した意味なのだ。
「ああ。私はこれに、ギリシャ神話に出てくる神、タルタロスと名付けた。ハデスの下にあって、ポセイドンの青銅の門に塞がれた奈落。そんな感じのものだ」
奈落こと屍人が徘徊する地上へと、戦艦へ吸い込まれていった。それは正に、神話のタルタロスであったのだ。
「では、戦艦は全て沈めたことだし、攻撃に移ろう」
最早、敵は瓦解した。
「全艦、全力をもって攻撃を仕掛けよ!進め!」
それからは、戦いとは呼べないものが展開された。戦いなどではなく、ただただ敵を殲滅するだけの何かであったのだ。巡洋艦と戦艦の主砲は、重い砲弾を浴びせかけ、次々と敵艦を沈めていく。
敵の対空防御も破綻し、対艦ミサイルもまた、敵を襲う。上からは砲弾。横っ腹からは対艦ミサイルを食らい、戦闘は、ただの虐殺の様相を呈する。
「閣下、タルタロス、の乗員は、どうなるのですか?」
タルタロスは、未だに地上にある。敵からすれば、ただの的である。
「ああ。タルタロスは、その主砲を放棄の上、全力で逃げ帰ってくる予定だ」
「あの主砲を放棄するのですか?」
タルタロス搭載の92cm砲は、製造に莫大なコストがかかる。更に、それを20数門である。それを放棄するとは、もったいないにも程がある。
「そうだ。あんなもの、所詮、ただの鉄の筒だ。人の命とは代えられない」
「は、了解しました」
多数の命を奪ったタルタロスは、皮肉なことに、人の命の為に棄てられるのであった。まあ、92cm砲など背負って逃げろという方が無理があるであろう。
惜しいが、せっかくの92cm砲は、ただのデカイ鉄パイプとなる運命だ。
さて、戦局は、そろそろ大詰めに入ってきている。
敵の第二前衛も壊滅。残るは、少数の巡洋艦と空母、わりかし残っている駆逐艦のみである。それは、艦隊の体を為しているとは言えない代物であった。
「敵、後退し始めました」
「そうか。で、あれば、一度、降伏勧告を出してくれ」
「了解です」
敵は、とうとうワシントンに退き始めた。もっとも、ワシントンに戻ろうと、後はない。連邦政府に残された艦隊は、これが全てである。この決戦で敗北した以上、ワシントンに立て籠ろうと、それは無益な抵抗にしかならない。
チャールズ元帥は、適度に追撃をしながらも、敵の降伏を待つ。そして、遂にその時は来た。
「敵より、無条件降伏を受諾する、とのこと!」
艦橋は、歓声に包まれる。
「よし。全ての艦を停止し、一切の敵対行動を止めるように指示せよ」
敵艦隊は、徐々にその主砲を下ろしていった。もっとも、残るは駆逐艦の貧弱な主砲程度のものだったが。だが、両軍の間の砲火の応酬は停止した。
これこそ、勝利である。敵は、降伏した。艦隊を失った連邦政府に、よもや抵抗などできまい。
チャールズ元帥は勝利した。
チャールズ元帥も、ハーバー中将も、ニミッツ大将ですら、笑顔で勝利を語らっていた。こちら側はほぼ無犠牲のうちに、勝敗は決した。
だがしかし、それは間違いであったと、チャールズ元帥は思い知らされることとなる。
「閣下!その、ええ、我が右翼艦隊が、攻撃を受けています!」
「は?何だと?」
全ては、まだ終わっていなかったのだ。




