対ソ交渉
「まず、我がソビエト共和国は、これより、最も好ましい時分に、大日本帝国へと宣戦布告を致します」
まず来た宣言は、早速、とてつもなく重大なものである。ソビエト共和国が参戦すると、向こうから言ってきたのである。
艦内を、歓喜とも驚きともとれるざわめきが満たした。それ程の吉報なのである。
「おお。ありがたい」
東郷大将は言う。
「ですが、これで話は終われません」
ジューコフ中将の目が、つとに鋭くなる。何やら、雲行きが怪しくなってきた。
「まず、戦後の話です。いくらジュガシヴィリ書記長でも、無条件に参戦するなど、受け入れません」
それは、戦後に残される大日本帝国の遺産を巡る話である。つまり、大日本帝国の領土、解体されるであろう大東亜連合などである。きな臭い話だが、これが確定していないと、ソビエト共和国と戦争する羽目になりかねない。
「まず、そちらは何を望むのかな?」
「我々は、大東亜連合構成諸国に対し、大日本帝国と同等の権利を得ることを要求します。即ち、大日本帝国に代わり、我々が、東亜の盟主となります」
ソビエト共和国の要求は、大日本帝国が現在行使している、東亜諸国に対する内政干渉権(本来は権利ではない)や外交監督権などである。
「それで、帝国本土はどうするのかね?」
「大日本帝国本土に関しては、全て、東郷大将にお任せします。閣下が率いるのは、日本国ですから」
日本国が日本列島を保持しないとは、本末転倒も良いところである。まあ、神聖ローマ帝国やらの先例は、歴史に見えるが。ともかく、東郷大将も、大日本帝国本土を領有することは、絶対に譲り得ない条件であったから、両者の利害はおおよそ一致することとなった。
「良くわかっているじゃないか。東亜諸国への宗主権は、認めよう。日本国は、不要なまでに勢力を拡大することには、反対だからな」
と、言いつつ、実際のところは、アメリカに植民地を確保し、チャールズ元帥のアメリカ連邦との同盟も約束したからである。東郷大将の寛容さの裏には、そんな強かな計算があった。
「ありがとうございます」
こんな即決でことが決まったことも、事前の交渉の成果である。これは、ある種のショーなのだ。
「それで、連合艦隊が動けるのは、いつになりますか?」
ジューコフ中将は尋ねる。
「おおよそ、10日後だ」
「なるほど。それに合わせ、大日本帝国に宣戦を布告しましょう」
補給が整うまでは、もう暫くかかる。その間は、待つしかない。もっとも、ソビエト共和国単体の戦力であっても、今の大日本帝国には勝てると思われるが。
「どれくらいの戦力を集めたのかね?」
それは、なかなにセンシティブな質問である。戦後秩序にも関わる問題だ。しかし、ジューコフ中将は快く答えた。
「5個艦隊です。我が軍の半分以上を、極東に集めましたよ」
「それはそれは。心強い」
既に、その戦力だけでも、大日本帝国の全軍より多い。そして、ちょうど連合艦隊と同じ数でもある。
「しかし、貴国の西方や南方の防御は、大丈夫か?欧州合衆国やアラブ連合に対し、あまりにも戦力が希薄ではないのかね?」
ソビエト共和国陸軍には、およそ9個の艦隊があるとされる。それを信じれば、極東以外の国境線には、合計しても4個の艦隊しかない、ということになる。それは、あまりにも危険な配置である。
「安心して下さい。まず、欧州合衆国とアラブ連合は、アフリカ情勢に手一杯で、こちらに戦争など仕掛けては来ないでしょう。それに、万が一の事態となっても、大日本帝国を滅ぼした後、すぐに戦力を西に向ければ良いのです」
こちらも、強かにもアフリカの混乱を利用しているようだ。アラブ連合と欧州合衆国は、アフリカ内戦の後の主導権を巡り、水面下での抗争を続けている。確かに、そんな状況下で、列国と戦争など起こさないだろう。
また、大日本帝国など、簡単に潰れるだろう。何せ、両国10艦隊に対し、4個艦隊の戦力しかないのだ。しかし、戦後を見据えて会談を行うとは、何処かで聞いたことのある話だ。
「確かに、そうだ。では、大日本帝国を挟撃し、これを滅ぼそう」
「ええ。もちろんです。よろしくお願いしますよ」
ジューコフ中将は、清々しい笑顔で応える。
「武運を祈る」
「そちらも、ご武運を」
通信は終わった。
「閣下、大東亜連合を、くれてやるのですか?」
東條中佐は尋ねる。いくらなんでも、ソビエト共和国に譲歩し過ぎではないのかという疑問だ。帝国本土は手に入るとしても、東亜を喪うのは、痛い。
「構わんさ。ジュガシヴィリという男は、同義に厚い男だ。彼ならば、公正な統治をしてくれるだろう」
「いえ、閣下。その、日本国の国益からして、それは妥当ではないのではと思いまして」
どうも、東郷大将は、東條中佐が東亜の国民を心配していると誤解したようだ。東條中佐が尋ねたいのは、大東亜連合を喪った時の、経済的な損失についてである。
「それならば、もう十分なのだよ。かつて西洋人は、ただただ富を求め、全世界を侵略した。私は、そういうのが大嫌いなのだよ。だから、私は、必要最小限以上は求めない。そういう訳だ、中佐」
東郷大将は、東洋人として、侵略の歴史を反復したくないのである。
「はい。理解しました。閣下は、お優しい方なのですね」
「ははは。そんなに買いかぶらないでくれ」
兎にも角にも、ソビエト共和国は、日本国の味方となったのである。




