今後の計画
さて、ハワイ基地を壊滅させた(元)連合艦隊は、ハワイ基地で休息を取っている。もっとも、それは、取らざるを得ないという事情によるものであるが。
「牟田口大尉より、東條中佐へ。
全く、何の物資も確認出来ません。ハワイには何にもありませんよ」
大和艦橋にかかってきたのは、地上を捜索していた牟田口大尉からの報告である。ハワイ島は、一般に、非常に小さいと思われるがちであるが、実際のところ、直径100kmを超える島なのである。
捜索には、数時間を要した。そして、この報告が最後の報告である。
だが、結果は、牟田口大尉のやけくそな様子から察する通りである。
「本当にないのか」
「ええ。隅から隅まで探しましたが、石油の一滴もありませんでした」
ハワイ島からは、一切の物資が持ち去られていた。燃料弾薬や、食糧など、兎に角あらゆるものがなかった。
「わかった。では、帰投してくれ」
「了解致しました」
通信を切ると、今後への不安ばかりが浮かんできた。東條中佐は、東郷大将にことの顛末を報告した。
「なるほど。では、しばらく、東京侵攻は無理だな」
「ええ。日本国本土から、物資を運ばなければ」
一般の飛行艦に積める燃料は、長くて7000km飛べる分しかない。サンフランシスコ攻防戦は、実は、かなりギリギリの戦いだったのである。
そして、既に燃料が残り少ない連合艦隊では、東京に辿り着くことすら出来ないのである。
「使える水上船は?」
「中型が30隻程です」
「足りないな」
それでは、連合艦隊に必要な物資を全て運べはしない。食糧は問題ないとしても、弾薬や燃料は、量がかさむのである。
「まずは食糧を輸送させ、漸次、燃料弾薬を輸送させよ」
「了解です」
腹が減っては戦はできぬと言う。まずは軽い食糧から運ばせ、更に往復で、燃料弾薬を運ばせる。ひとまず、輸送計画はこのようなものだ。それまでは、待つしかない。
東郷大将は、全体に指示を下せば、暫くはやることも大してなくなる、筈であった。しかし、数時間後、突然の報告が艦橋を騒がせた。
「ウラジオストクより、通信が入っています!」
「なに?誰名義だ?」
突然、ウラジオストクからの衛星通信が入ってきたのである。あまりにも脈絡の無い通信に、東郷大将も、困惑を隠せない。
「ジューコフ中将、と名乗っています」
「ああ、ジューコフさんですか」
一番最初に反応したのは、近衛大佐である。そして、東郷大将もまた、合点が入ったようだ。
「ど、どなたなのですか?」
だが、東條中佐には、その名に覚えがない。
「ジューコフというのは、大日本帝国とソビエトの交渉窓口だ。そして、大日本帝国への攻撃を約束してくれた男だ」
「ああ、なるほど。ん?では何故、近衛大佐がご存知なのですか?」
近衛大佐は、名目上でも、大和の機関長である。東郷大将の副官たる東條中佐も知らなかったことを、何故、彼が知っているのか。
「ああ。私が交渉をしていたのだよ」
近衛大佐は、素っ気なく告げる。
「え、そうなのですか?まあ確かに、これまでも、たまに居なくなってましたが……」
「そう。その時私は、ソビエトに飛んでいたんだよ」
「はあ、黙って他国に行く大佐がいますかね?」
東條中佐は、そのことを一切聞かされていなかった。まさか、気づかぬ間に、近衛大佐がソビエトに行っていたとは。全く、意味がわからない。あまりに衝撃的過ぎて、寧ろ、驚きはなかったものだ。
「ここにいる」
「そうですね、はい」
東條中佐は、呆れぎみに言う。東條中佐は、未だに、全てを理解しきれてはいなかった。
だが、近衛大佐は、本来の議題に話を切り替えた。
「とにかく、通信に出てあげたらどうでしょうね?」
近衛大佐は言う。そう言えば、ずっと通信を無視していた訳であった。流石に、相手に失礼であろう。
東郷大将は、通信をメインスクリーンに映す。
「どうも、皆さんこんにちは。ソビエト共和国国家人民陸軍中将の、ジューコフと申します」
さて、出てきたのは、壮年で清々しい、人に好印象を与えるような将軍であった。
「お久し振りですね、ジューコフ、そうだ、中将になられたのですか?」
近衛大佐は尋ねる。前に会った時は、ジューコフ「少将」であった筈だ。
「ええ。この度、晴れて、中将に昇進しました」
「おお。これはめでたい。おめでとうございます、ジューコフ中将閣下」
「いえいえ。この程度のこと、祝うまでもありませんよ」
ジューコフ中将は、軽く手を振って、それをいなした。そんな様子も、極自然である。やはり、社交が得意な男だ。
「それで、今回は、何を求めてこのような通信を?」
東郷大将は、品定めをするような目で問いかける。
「そうですね、用件はいくつかあります。順を追っていきましょう」
ジューコフ中将は、この戦争の趨勢を決する情報を持ってきているのであった。




