元老院Ⅶ
サブストーリーです。なお、最初に治安維持法語りが入るのは仕様です。
その日は、東郷大将が、「日本国」を建国した日であった。突然の出来事に、政府も軍中央も、錯綜する情報に翻弄され、何の対処も出来ていなかった。
また、この事実は、東郷大将が全世界に向けてスピーチを行った為、とうに帝国臣民の知るところとなってしまっている。帝国臣民の間でも、混乱は広がっていた。
現在は、緊急勅令を発し、治安警察法を拡大することによって、辛うじて事なきを得ている。また、今回の件については、治安維持法を適用すべしとの意見も多く出たが、反対多数によって、必要なしとして否決された。
因みにだが、治安維持法というのは、国家の非常事態時に限り、臣民の結社の自由を制限できるというものだ。これの原型ができたのは遥か昔の1925年で、当時は赤化の脅威が迫る時代であり、共産党系の組織の破壊活動の阻止を目的として作られた。
実際、コミンテルンは、人民戦線戦術を提唱し、暴力を肯定していた。そんな擬似社会主義から帝国を守ったという意味で、非常に歴史的な意義がある法律だ。
もっとも、多くの資本主義国もこのような法律を立てていた為、別段特別なものでもない。そして、この時代においては、そのような脅威もない為、半ば有名無実の法律と化している。
さて、皇居の元老院では、この未曾有の事態に対し、対処の方策が論議されていた。
「震洋を使え。今こそ、その時である」
天皇は言った。
「は、陛下。私めも、左様に致すのが宜しいかと、愚考しておりました」
そして、全ての元老が、この案に賛成した。これに関しては、別段に議論する必要はないと思われた。
「次ですが、国内における臣民の動向についてです。臣民に動揺は広がりつつあり、対策が必要です」
「暫くは、武力で臣民を統制しましょう。我々が勝利するまでの間だけで良いですから」
この戦争に勝てば、混乱は収まるだろう。東郷大将との決戦の時は近く、この措置もまた、すぐに解除されるだろう。
これも、全会一致で通った。
「情報統制については、如何致しましょうか?」
「そうだな、まずは、如何にこれを発表するかということからだ」
「名前は、北米事変、などではどうでしょうか」
「事変か。良い案だ」
事変と名付ければ、臣民は、これはただのちょっとした事件である、という印象を受けるだろう。歴史的に、なにがし事変とついたものは、全て解決されてきたのだ。
そんな時、突如、会議を傍観していた天皇が、声を発した。
「朕が、臣民に伝えようぞ」
「陛下、宜しいのですか?わざわざ陛下が苦労される時ではありますまい」
「いや。朕は、臣民に、この機を生かし、団結を呼びかける。これで聖戦が終わる訳ではないであろう」
「なるほど。陛下のご聖慮は、我らの先を見据えておられる」
「世辞はいい。直ちに準備を始めよ」
天皇は、儀礼を嫌った。そして、天皇の号令で、帝国政府は動き出した。玉音を放送するということは、相当な国家的な危機の上でのみ行われる。そして、それが及ぼす影響は計り知れないものだ。
帝国は、日本国との対決を、より鮮明としたのだ。