最後通諜
崩壊暦214年11月5日11:33
戦艦アイオワでの独立宣言より、およそ1週間が経った。
南方で米軍と睨み合っていた第二艦隊は、日本国を承認し、その国軍に加わると発表した。
同時に、東郷大将旗下の4個艦隊は、西部及び北西部に侵攻。帝国側に抵抗はなく、僅かに1週間で、大日本帝国の占領地は全て、日本国に下ったのだ。これは、一種の独立戦争と言えるだろうし、クーデターとも言えるだろう。
軍の大半が政府を裏切り、かつ、独立国の建国を宣言するなど、歴史上類を見ない事件だ。
かくして、現在、北アメリカ大陸には、3つの勢力が並ぶこととなった。同時に、大日本帝国とアメリカ連邦の切り離しは、完全に成功している。
今、東郷大将率いる第一艦隊は、サンフランシスコに駐屯している。開戦の後、最初に両軍が対峙した都市である。
だが、今は、全く逆の役目を果たしている。北アメリカを失った今、大日本帝国の前線基地はハワイである。サンフランシスコは、ハワイと向かい合い、それへの牽制の役割を担っている。
それ故、ここは最も緊張が激しい場所だ。
そんな中、一本の通信が、大和にかかっていた。
「受けますか、閣下?」
東條中佐は言う。
「そうだな、クラッキング防止の為、全てのプログラムを、通信か遮断し、受ける。準備しろ」
「了解です」
通信では、本来、電話をするだけでなく、種々のファイルを送り合うものだ。平常時ならば気にする必要はないが、敵対勢力からの通信となれば、電話だけに機能を留めるべきだろう。
「通信、出ます」
「結構」
そして、艦橋中央のメインスクリーンに、一人の男が映る。
「久方ぶりだな、山本中将」
「どうも、お久しぶりです。東郷臨時大統領閣下」
そう、通信をかけてきたのは、大日本帝国陸軍の山本中将である。山本中将は、いつも通りににこやかとしているが、そんな顔も、こんな立場では信用できない。
「私は今、ハワイにいます。大日本帝国の、ハワイ基地からです。この度、大将閣下は、日本国とやらを建国し、天皇陛下に叛かれましたね」
山本中将は、殺気立ちながら言う。
「ほう、それで、何が言いたいのだね?中将」
「閣下には、最後のチャンスをお届けする為、通信をかけさせて頂きました」
「ほう。最後のチャンス、とは?何だね?」
一方、東郷大将もまた、極めて無礼に答えるのである。もっとも、もはや彼らは同じ組織にはいないのだ。儀礼など、殴り捨てている。
「大本営は、閣下は朝敵であると見なされました。よって、我が帝国軍は、閣下の日本国とやらを征討します」
「その戦力で、本当に出来るのかな?」
北アメリカ大陸に展開していた帝国軍は、全体の75%に相当する。そして、それが裏切ったのだ。どう考えても、数が3倍のこちらに勝てる訳はない。
「我々には、天皇陛下の恩寵がついています。負けるはずなどありません」
「天皇陛下か。山本中将にしては、随分と精神論を唱えるな」
「ふっ、まあ、そう思っておいて下さい」
山本中将は、東郷大将を嘲笑うように言った。彼は、現下の戦力差などものともせず、自信に満ちていると見えた。
「そして、ここからです、閣下。もし、閣下がこの場で降伏を宣言するならば、相応の恩赦を与えることが出来ます。当然、日本国は解体され、アメリカ連邦への攻撃も再開されますが」
山本中将は、降伏勧告をしてきた訳である。もっとも、東郷大将に、そんなものを受け入れることは、断じて出来ない。それでは、東郷大将の理想は消え失せるからだ。
「はっきり言おう。無理だ。ただし、我々は戦争を望まない。交渉の余地があるのなら、大日本帝国と日本国の平和共存もあり得るが?」
「はっきり言いましょう。無理です。もはや、我々に下るか、我々に滅ぼされるか、閣下に、それ以外を選ぶ余裕はありませんよ」
山本中将は、決して講話を受け入れなかった。そして、東郷大将に残された道はひとつである。
「では、3つめを選ぼう。日本国は、大日本帝国との戦争に勝利し、その独立を勝ち取ると」
「戦争ですか。なるほど。既に、大本営は、閣下との戦争の用意を整えました。日本国は、天皇陛下の御稜威の元に、帝国の土地となることでしょう」
山本中将は、一切の妥協を許さない。
「そうか。ならば、仕方あるまい。交渉の余地はないようだな」
「ええ。後は、戦場でお会いしましょう」
「さらばだ」
「さようなら」
通信は終わった。そして、翌日には、正式な宣戦布告が、大日本帝国から届いたのである。