東郷-チャールズ会談Ⅰ
厚い雲が陽光を遮る中、空母ワシントンの艦上に、十と少しの航空機が降り立つ。だが、それは米軍のものではない。それら航空機には、日の丸が刻まれているのだ。
そして、ワシントンは、五大湖決戦において、日本艦隊主力に大打撃を与えた艦だ。たったの数ヶ月前には殺し合っていた両軍だが、今回ばかりは、敵対はしていない。
ワシントンに降り立った日本軍機の周りには、既に多くの兵士が配されている。もちろん、客の警護という役割もあるが、それだけではない。
ワシントン、いや、その周囲の艦まで、雰囲気は張り詰めている。
さて、日本軍機から降り立ったのは、いかにも老大将といった男、東郷大将である。彼は、米兵の案内で、戦艦アイオワへと向かう。
ワシントンとアイオワは隣合わせに着陸しており、タラップを使えば、地上に降りることなく、アイオワまで行けるのである。アイオワには、これまた多くの米兵が、彼らを迎える。
チャールズ元帥は、アイオワの艦橋を降りてきた。隣にはハーバー中将。そして、東郷大将の乗った車は、すぐ目の前にある。
「久しぶりに、緊張しているよ」
「落ち着いて下さい、閣下。相手は大将です。閣下は元帥ではありませんか」
ハーバー中将が言う通り、チャールズ元帥は元帥であって、東郷大将は大将である。チャールズ元帥の方が階級は上なのだ。だが、チャールズ元帥には、階級も国を跨げば、大した意味もないように思えた。
「お気を楽にして下さい」
「ああ、そうだな」
遂に、車のドアが開いた。出てきたのは、まさしく東郷大将である。
「こんにちは。アメリカ連邦陸軍元帥の、チャールズと申します」
チャールズ元帥は、英国紳士のように挨拶をする。
「こんにちは。大日本帝国陸軍大将の、東郷と申します。閣下にお目見え出来たこと、光栄に存じます」
明らかに東郷大将の方が年上で、立場も上に見えるが、あくまで、彼は、大将の地位以上のことはしないと見える。
「そんな、滅相もない。政府の意向で成り上がっただけの私など、歴戦の閣下には及びません」
「ですが、階級は階級です。閣下は元帥にあられる。私は、大将として、閣下の格下たる者です」
二人とも、互いに譲り合って退かない。初対面にしては寧ろ、話せている方だなと、チャールズ元帥は思った。だが、こんなことで時間を無駄には出来ない。
「そうですね。国際慣例に従い、私が上として、会談に臨みましょう」
「はい、閣下。では、会談場所まで行きましょう」
東郷大将も、先程のようなやり取りは嫌うようだ。彼は、さっさと会談を始めるように急かしてきたのだ。階級を気にする割には、なかなか豪胆な男のようである。
「では、私がご案内します。こちらです」
すかさず、ハーバー中将が二人の前に出てきた。ハーバー中将が、会談場所への案内役である。ハーバー中将は、二人を引き連れ、アイオワへと入る。
会談場所は、アイオワの大会議室だ。もっとも、大会議室とは言っても、所詮は戦艦のそれであり、そこまで広くはない。だが、後付けで様々な装飾を施し、何とか体面は整えた。一応は、一国の首脳でも呼べるだけの設備は整っている。
大将と元帥は、静かに対面する椅子に腰かけた。
この時代、必要な言語は、英語、ドイツ語、ロシア語、日本語のみだ。これさえ分かれば、世界のどの都市でも会話が成立する。
二人に、通訳は必要ないのだ。両者とも、自国の言語で話す。
侍従が水を持ってくると、会談は始まった。
「さて、チャールズ元帥閣下、私は、独立国家を造る準備を整えました。そして、それをもって、大日本帝国からの干渉を防ぎます。その間に、閣下は、クーデターを成功させて下さい」
「ほう。なるほど」
東郷大将の発言は、早速、心の読み合いだ。クーデターが長引くと、既に相手には知られているのだ。未だに、互いを信用しきった訳ではない。
「実を言いますと、クーデターには時間がかかりそうなのです。閣下の助力に、感謝します」
「それは良かった。元帥閣下には、是非とも、アメリカの手綱を握って頂きたいのです」
双方とも、無難な言葉だ。
「それはそうと、閣下の独立国家、規模はどのくらいになるのですか」
「おおよそ、現占領地の半分です。ただ、軍はほぼこちらのものなので、実質、この大陸に、私を妨げる者はおりません」
東郷大将の独立国家は、今のところ、全日本占領地を掌握している訳ではないらしい。だが、すぐにでも一帯を制圧しそうだ。
「味方につけた軍の規模は?」
「伊藤少将、加藤少将の艦隊を合わせ、計4個艦隊です」
「大日本帝国軍の半分ですか」
実際のところ、チャールズ元帥も東郷大将も似たような状況のようだ。
だが、東郷大将は計画通りにことを進めているのに対し、チャールズ元帥は想定外の事態に陥っている。やったことは同じとはいえ、計画と比べた進捗は、東郷大将のものの方が、遥かに進んでいる。
そして、双方とも、相手の情報が把握したいのだ。会談は、最大の緊張をもって始まった。