作戦説明
「ははは。まったく、そこまで困惑するとは、思わんかったぞ」
東郷大将は、妙に子供っぽい笑顔で言う。だが、誰もが更に混迷を深めるだけであった。
「もう一度言おうか。叛乱だ。目標は、ああ、独立国家を作ることだ」
東郷大将は、何がわからないのかわからないと言った調子だが、更なる爆弾発言が追加された。
「ど、独立国家ですか?それで、何をすると……」
「さっきも言ったように、帝国に正義をもたらす。今の帝国政府は、信用ならんからな」
「は、はあ。そう言えば、そうでしたね」
東條中佐は、やっと話の流れを理解してきたようだ。まあ、今なお意味不明な点しかないが。
「諸君、前置きはここまでとして、では、作戦を説明しようか」
大和を無線封鎖してまでの大事である。これには、皆が耳をそばだてた。東郷大将は、再び鋭い双眸を向ける。
「まず、最終目的としては、先程のように、帝国、ひいては世界に正義と平和をもたらすことだ。その為に、ここに独立国家を宣言する。その国家において、まず、米軍と停戦を結ぶ」
「ん?それは、つまり……」
米軍もなんかするのか?東條中佐は、東郷大将の言葉の裏を見つけてしまった。それは、思っていたものを更に上回る陰謀と見えた。
「ああ。米軍のチャールズ元帥も、私と同じ日にクーデターを起こすぞ。そして、その暫定政府と我が独立国家が停戦を結ぶのだよ」
「えっ、それはいつから話が始まっていたのですか?そんな大規模極まる話が、その場の思いつきで出来るとは思えませんが」
東條中佐、いや、誰も知らないうちに、米軍の協力もこぎ着けたと言う。しかも、アメリカ連邦の政変も起こすと。そんな壮大な計画がいつから始まったのかと、聞かざるを得ない。
「そうだな、話が始まったのは、この戦争が始まる前だ。そして、この計画に決定したのは、一週間前くらいだ」
「一週間!?それで、米軍との合意を得たのですか?」
「そうだ。既に、互いに計画を承認した」
東條中佐は、ただ愕然とした。東郷大将と米軍のチャールズ元帥は、すこぶる仕事が速いらしい。たったの一週間で、叛乱の時間の合意にこぎ着けたと言う。
「まあまあ、それはいい。後でゆっくり話そう。今は、当面の作戦を説明する。いいな」
「はい。ご教授願います」
これ程の作戦、聞かない訳にはいかないのだ。
「大和。艦内総員に、この会話は伝わっているな?」
「はい」
「結構。では始めよう」
大和の中には、様々な内線での通信手段がある。大和は、これを駆使し、全員に東郷大将の様子を伝えてくれている。それは、狼狽に狼狽を重ねていた東條中佐の様子も、ということになるのだが、ひとまずは気にしないこととする。
「まず、これより説明する作戦を、飛鳥作戦と呼称する。飛鳥作戦において、まず、参加するのは、大和、武蔵、出雲の乗組員のみだ」
大和、武蔵、出雲とは、全て艦隊の旗艦だ。その乗組員のみで完結させる作戦とは、相当な機密保持が必要なのだろう。そして、規模自体は小さいとも読める。
「飛鳥作戦は、今後の叛乱への事前準備だ。即ち、軍政庁、警察を制圧し、東部の東部、すなわちこの辺りを、軍の独壇場とする」
占領地には、軍とは別に軍政庁が設置されている。軍政と名がつくが、実質は帝国政府から派遣された役人が仕切っており、帝国軍とは大した関係がない。これは、陸軍省が陸軍に対して命令権を持たないようなものだ。
そして、現地の警察もまた、本土及び大東亜連合から派遣された警官だ。ただでさえ人手不足なのに、アメリカに人を送るとは、政府の意気込みが感じられる。そして、なんと、その代わりとして、大東亜連合の警察は帝国軍が担っているのである。まったく訳がわからないが、これが所謂民主主義の限界だろう。
「これらを直ちに無力化し、本土との通信を断つ。そしと、政府が状況を把握しないうちに、我々は独立を宣言する。最初は、数都市から始まるだろうが、すぐに広げるつもりだ」
飛鳥作戦は、最終目標からすれば、必ずしも必要なものではない。だが、その円滑な実行には不可欠だろう。また、軍政庁を制圧できる規模は限られる。しかるに、小規模の国家を確実に作った後に、他の都市に臣従を求める、と言ったところだ。
「武蔵、出雲では、それぞれが独自に計画を立てている。大和も、担当は決まっているから、後は、部隊を振り分けるだけだ」
大和の担当は、ここカルガリーと、北のイエローナイフである。最終的に、アメリカ連邦北部(旧カナダ)6都市を、新たな国家の基礎とする。
「では、軍政庁制圧の話からしようか……」
東郷大将は、作戦を説明する。これより、秘密裏に叛乱は始まるのである。
「それでは、第二中隊はイエローナイフへと向かえ。これより、飛鳥作戦を開始する」
作戦の火蓋は、切って落とされた。