近衛の秘密交渉Ⅱ
まさかの、これにⅡが来るんです。近衛大佐も、頑張ってるんですよ。そして、史上最強のネタ回です。例のあいつが出てきます。
崩壊暦214年10月24日14:11
屍人がうろつく荒野を一両の戦車が駆ける。道路は既に朽ち果て、僅かにアスファルトの残骸が残るのみであった。
戦車というものは、存外に速く動ける。外の世界でも使えるように設計されたその戦車は、目の前の屍人を吹き飛ばしながら、ひたすら道無き道を進んでいく。
「もうすぐ到着です。近衛大佐」
その戦車長は同乗している近衛大佐に告げる。
「くれぐれも、事故は起こさんでくれよ」
「もちろんです」
屍人の領域では、戦車でも使わなければまともに行動できない。そして、そこで立ち往生してしまえば、たちまちに屍人に取り囲まれ、喰われてしまうことだろう。
「おお、見えてきた、見えてきた」
やがて、近衛大佐の目的地が見えてきた。それは、荒野にポツリと佇む、古ぼけた時計塔である。
時計塔の周りは、フェンスに囲まれており、屍人は全くいない安全地帯である。フェンスに一箇所だけついている開閉扉に戦車が近ずくと、小さな電子音の後、それは開いた。
その中に、戦車は入っていく。
「ふう、到着だ。お前たちは、ここで待っていてくれ」
そう言うと、近衛大佐は一人戦車から降り、時計塔に向かっていく。時計塔の入り口の扉は、半分腐った木材でできていた。
「失礼するぞ」
扉を軽くノックすると、近衛大佐はおもむろにその奥に入る。しかし、すぐに、その雰囲気をぶち壊す一声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ〜。カフェ、濫觴の撥条塔へようこそ!」
近衛大佐の前に現れたのは、この終末世界では明らかに異質なメイド服をきた、長髪の女性である。その服装は、客観視すれば落ち着いたデザインではあるが、こんな場所では狂気の沙汰である。
「久し振りだな、ノン。しかしな、アクセス手段が戦車しかないカフェとは、立地が悪すぎるだろう。それに、毎回このくだりを続けるのか?」
そう。いつ会っても、ノンはこの調子なのだ。
「まあまあ、秘境のカフェならではの愛嬌ということで。そうそう、ご注文はいかがしますか?」
「はは。自称カフェだろ。まあ、とりあえず、コーヒーでもくれ」
「かしこまりました!」
そのメイド、ノンは、店の奥に去っていく。もっとも、ここは店と呼べるのかというほどの荒れ具合であるが。それに、カフェなどと自称しながら、メニューの1つもない。
ただ、木のテーブルと椅子が2つずつ置いてある閑静な場所だ。
もはや、自称というより詐称だろう。
「お待たせしました」
ノンは、熱々のコーヒーをすぐに持ってきた。こんな死の世界のド真ん中で、こんなものが出てくるとは、誰も思わないだろう。だが、それは紛れもない本物だ。
「それで、ハーバー中将は、まだ来ていないよな」
「そうですね。そろそろ来るはず…あっ、来ました!」
近衛大佐がハーバー中将の話題を出したちょうどその時、 玄関から、静かなノックが聞こえてきた。すぐにノンは迎えに行く。
「いらっしゃいませ〜。カフェ、濫觴の撥条塔へようこそ!」
「はあ、カフェをするなら、是非、我が国の都市で経営して欲しいものです」
入ってきたのは、いかにも理知的な男、ハーバー中将である。しかし、そんな彼でも、ノンの対応には困るようだ。
「こちらにどうぞ〜」
ハーバー中将は、近衛大佐と向かい合う席に案内された。ハーバー中将は、その席に腰掛ける。
「それでは、コーヒーを一杯頂けますか」
「はい。少し待ってて下さいね」
ノンが去ると、ハーバー中将と近衛大佐は、二人きりである。
「ハーバー中将、この度私を呼んだのは、やはり、例の革命の件についてですか?」
「はい、そうです。チャールズ元帥閣下は、そのご意思を決められました」
近衛大佐が話を切り出す。。今は交渉の場とはいえ、仮にも、敵国の指揮官同士である。その雰囲気は何処となく重い。
「お待たせしました」
すぐに、ノンがコーヒーを持ってきた。そして、ハーバー中将に目の前にそれを置く。
ノンはそこで、二人の険悪の雰囲気に気づいたようだ。
「お二人とも、もっとリラックスして下さいよ〜。見てるこっちも暗くなっちゃいます」
「すまんな。注意しよう」「留意しましょう」
一瞬間が開いた後、二人は、ノンに同じような返事を返す。そのお陰で、少しだけ、空気が軽くなったように見える。
「それで、チャールズ元帥は何と?」
「これより1週間後、革命を起こすとのことです」
「なるほど。こちらも、準備は進んでいます。期限が決まったならば、そちらの都合に合わせましょう」
「ありがとうございます」
ハーバー中将と近衛大佐は、共に、「革命」を志すものである。その利害は、完全に一致した。
「しかし、少し前に受け取った、東郷大将の密書ですが、貴方がいなければ、私には信じられなかった」
「まあ、私がこうして交渉役に選ばれるのも、この説明が省けるからですからね」
「合理的の判断です」
二人は、暫く会話を交わすと、やがて席を立った。
「お帰りですか?」
「はい。この度は、ありがとうございました。」「コーヒー、ごちそうさま」
「またのご来店、お待ちしておりま〜す」
二人は、再びそれぞれの戦車に乗って、それぞれの領土に帰っていくのだった。