決心の時
チャールズ元帥、ハーバー中将、ニミッツ大将の艦隊最高責任者一行は、チャールズ元帥の私室に居る。艦内で最も機密が保たれる部屋だ。
「とりあえず、二人とも、座ってくれ」
「椅子がありませんが?」
チャールズ元帥の私室は、一言で言うととても汚い。どこかの冴えない学生の部屋と言われても、全く驚かない程だ。
「ああ、まあ、そこら辺に適当に……」
椅子という椅子はなかったが、ニミッツ大将はどっしりとベッドの上に座り、ハーバー中将は礼儀正しくテーブルの上に座る。最早、友達の集まり同然の集会が、米軍の将軍の間で行われているのだ。流石のチャールズ元帥も、苦笑を禁じ得ない。
「元帥閣下は、まず部屋の整理をすべきでしょう。元帥としてのメンツが丸潰れであるどころか、仕事にも支障をきたしかねません」
「ごもっともだ。はい」
ハーバー中将の言うことが真っ当すぎて、チャールズ元帥に返す言葉はなかった。
「まあ、そんなことはいいんだ。何の為に集まっているかは、わかるな」
「勿論です」「勿論」
チャールズ元帥は、部屋のことは棚に上げ、本題に入る。もっとも、こんな場所でするものではないが、必要であるなら、仕方ない。そして、両将軍はもう軍人の心である。
「まず、ニミッツ大将。先ほどの暴露は、本当だな?」
「はい。どうしてあんな嘘をつく必要がありますか?」
「ああ、ないな」
チャールズ元帥は、ニミッツ大将を信じているのだ。艦橋での態度は、前半が素で、後半は兵士に向けた演技であった。
「だが、どうしてあんな場所で、あんなタイミングで言ったんだ?正直、困惑しかなかったぞ」
だが、艦橋で言う必要は全くなかったのである。もしチャールズ元帥にクーデターを誘発させたいならば、確実に、それこそこのような場所で伝えるべきだろう。
「閣下を、試したかったのです。閣下が、どれほど反乱に本気であるか。あの場でなら見極められると思いまして」
ニミッツ大将は、申し訳なさそうに、半笑いで言う。遠慮なくベッドに座る姿と相まって、そこらの高校生の弁解のようである。
「試したかったと言うと?」
「閣下があそこで私を信用すると言えば、むしろ私は閣下を見限るところでした」
「なんだって?!」
ニミッツ大将は、極限までどちらにつくか見極めていたと言う。つまり、先ほどの会話でミスをしでかせば、チャールズ元帥は軍法会議まっしぐらだったかもしれないのだ。知らぬまに関所を超えていたという事実に、チャールズ元帥の背に冷や汗が垂れた。
「閣下があの場でそうしていれば、何処かで聞き耳を立てている政府のスパイに、間違いなく聞かれていました。それでは、私も消されますが、何より、閣下がその程度の方であるということになります。それならば、閣下を見限る方が得です」
「なかなか、私の認識が低いなあ。まあ、大将の目にかなってうれしいよ」
ニミッツ大将は、相当に計算高い男のようだ。そして、徹底したリアリストであるようにも見える。それが味方であれば、心強い。
「で、大将の認識としては、これからクーデターを起こすということでいいかな?」
「もちろん準備の時間は要りますが、その通りです」
ニミッツ大将に迷いはないらしい。だが、このクーデタープランは、ほぼ計画段階で止まっている。と言うか、ニミッツ大将がこれを考えた時には日本と戦争状態に入るなど聞いていなかった。つまり、これから、ほぼ白紙のプランをもとに、準備をしていくしかないのだ。
「で、何から始めようか?」
「まずは、戦争を終わらせねばなりません」
「どうする?」
確かに、戦争中にクーデターなど起こしていたら、たちまち敵に国土を奪われ、全く何の利益にもならない。まずは、戦争を停止させねばならないだろう。
「終わらせる、と仰りましたが、その必要はないのでは?」
「まあ、そうだな。要は、日本軍に妨害されなければ良いのだ」
ハーバー中将は、的確に状況を分析する。戦争を終わらせなくても、何らかの手段で停戦若しくは休戦に持ち込めば良いのだ。もっとも、その方が難しい気もするが。
「では、あれしかないな」
「ええ。日本軍との秘密交渉に乗りましょう」
日本軍は、「今後の戦争の展開について」を議論しようと、つい数週間前にそんな電文を寄越してきたのだ。内容は大雑把すぎて、電文からは何も掴めない。だが、状況からするに、おおよそ相手も同じことを考えているようだ。
「そうだな。ハーバー中将。交渉に行ってくれるか?」
「問題ありませんが、どうして私なのですか?」
「中将は、幾らか日本と接触したこともあるだろう?そして、そのお陰で我々は知っている。適任だろう」
「承知しました」
戦前の日米交渉で、ハーバー中将は幾度か日本と接触しているのだ。その為、最も日本軍を熟知しているのは、この3人の中ではハーバー中将である。
かくして、日米交渉は再開されることとなった。




