反逆のニミッツ
崩壊暦214年10月22日12:34
戦艦アイオワは、非常に荒れている。チャールズ元帥の怒鳴り声が、艦内に木霊している。兵士たちは、それを忍んで艦内を歩かなければならないのだ。
チャールズ元帥の前には、ニミッツ大将が向かい合う。因みに、チャールズ元帥の方が、多少背が高い。
「どうして早くそれを言わなかった!何人死んだと思ってるんだ!」
「落ち着いて下さい、閣下。私とて、何も最初から知っていた訳ではありません。カルガリーの件は、心からは忘れるべきです」
彼らの話題は、「草薙の剣」についてである。ニミッツ大将は、事前に、日本軍が新兵器、それもかなり強力なものを投入してくることと、そして、その配置を知っていたと言うのだ。それが事実ならば、ニミッツ大将を軍法会議にかけるレベルの事件だ。
だが、話を聞けば、ある程度は同情の余地も出てきた。
「まず、その情報は、不確定そのものでありました。複数の情報は交錯し、ついに一つの情報が導かれることはありませんでした。よって私は、それを閣下には伝えませんでした」
米軍は、多数のスパイを各国に派遣している他、種々の通信の傍受、コンピュータへのハッキング等によって、情報収集に努めている。だが、それはどこも同じで、日々、苛烈な情報戦が繰り広げられている。
その中には、偽電を打ちあう心理戦も含まれているだろう。だが、残念なことに、米軍の情報部は、心理戦に弱かった。そのせいで、伝えるべき情報が抜け落ちたのだろう。それは、ニミッツ大将の手落ちと言うには無理がある。
「そして、私の手落ちであったのは、新兵器とやらを過小評価していたことです」
「だがな、それは言って欲しかったな」
「申し訳ありません」
新兵器と言っても、それが大した変化を起こした例は少ない。例えば、20世紀にイギリスが世界初の戦車を投入した時も、大した戦果はなかった。もっとも、最初の戦い以降は重要なポジションを占めるのだが。
新兵器というのは、量産されて初めて意味を持つのだ。少数の試験的な投入では、多少キルレシオが高くなるくらいなものである。筈だった。
ただでさえ信用できない情報の中から、例え事実だったとしても大した問題ではない報告を取り上げろとは、難しい注文である。
「と、言うのが、おおよそ一般的な理由であります」
「は?では、一般的ではない理由でもあるのか?」
ニミッツ大将は、突然目を鋭くする。これからが本番で、これまでの話は茶番だったとでも言いたいようである。
「最も大きく、かつ尋常ならざる理由は……」
ニミッツ大将は軽くにやける。
「政府に言うなと言われたからです」
「はっ?言われた?本当か?いや、そんなことあるのか?」
「ええ。連邦政府は、草薙の剣を知っていました。私がその証人です」
ニミッツ大将が暴露したのは、余りにも信じ難いことであった。政府が知っておきながら、軍に伝えないなどありえるのか。そして、それを口止めしたと。本当ならば、数千の兵士は、彼らが守ると誓った政府によって殺されたということになる。
「じゃあ、彼らは、何の意味もなく死んだのか?」
「閣下。ニミッツ大将の告白を信用するのは、愚作でしょう。このようなことを、信用なさるのですか?」
ハーバー中将は、ニミッツ大将を睨みつける。常に理性の勝利を確信するハーバー中将からすれば、ニミッツ大将は敵も同然である。チャールズ元帥も、些か感情的になっていたと気づいたようだ。
「ニミッツ大将閣下。まず、何故、今それを明かしたのですか?私には、理解しかねます」
「それは、私が政府に反乱を起こそうとしているからだ」
「ほう。それはまた、何故ですか?」
ハーバー中将は微動だにしなかったが、周囲はざわめいている。ニミッツ大将は、今、国家転覆を当然のように宣言したのだ。
「それはな、もともと民主主義というやつが大嫌いだったからだよ。そして、私はこれを計画した」
ニミッツ大将は、もう10年も前から反乱を計画していたと言う。その為に、政府の小飼いの将軍のフリをしていたと言うのだ。
「そして、今ここで政府の悪逆を詳かにすることで、元帥閣下のお力で反乱を起こそうということですね?」
「その通りだ。中将も、頭が回るな」
「お褒めにあずかり、光栄です」
ひとまず、ニミッツ大将の行動の理由は聞き終えた。
「閣下、ニミッツ大将の言い分は、確かに筋が通っています。しかしながら、大将の自作自演である可能性も排除できません。その上で、今後どうするか、決定を下すべきでしょう」
ニミッツ大将を信じるか信じないか、全てはチャールズ元帥にかかっているのである。
「分かった。まず、私は、ニミッツ大将の今の言葉を信用はしない。しかし、それは彼自身を信用しない訳ではない。今後も、これまで通りに戦争を続けよう。いいな?」
「承知しました」
チャールズ元帥は、今回の一件は不問に処し、かつ気にしもしないと、公式には決めた。しかし、それは彼の本心ではなかったのだ。