再びの北アメリカ大陸
急に話が変わってきます。
崩壊暦214年10月21日09:23
さて、ジャカルタでの作戦より半月程が経った。東郷大将以下の第一艦隊は、北アメリカ戦線へと舞い戻っている。戦線は膠着状態にあり、こちらの攻撃も向こうの攻撃も、ことごとく跳ね返されている。
東郷大将不在の間、アメリカ戦線を仕切っていたのは伊藤少将である。加藤少将ともうまく折り合いをつけていたらしい。結構なことである。
そして、東郷大将は自室で伊藤少将に通信をかけている。部屋には何人が入ることも許さず、完全に二人だけの秘密の会話である。
スクリーンに映った少将は、手を組んで、前に会った時より尊大な態度をしている。この一ヶ月で、艦隊司令官の座が板についたのかもしれない。だが、そんなことは気にせず、東郷大将は本題へと入る。
「率直に言おう。私は、口実を手に入れた。違うか?」
「いいえ。先の核攻撃においては、多数の民間人が巻き添えになったと聞いています。それを公表すれば、良い口実となりますよ」
伊藤少将は、不敵な笑みを浮かべながら言う。
ジャカルタへの核攻撃は、公式には、都市外壁が破壊されたことによる屍人の蔓延への対処ということになっている。まあ、どうして滅んだ都市をもう一度焼く必要があるのかと言われると、幾分無理がある理由なのだが。
証拠に、デトロイトは同じように屍人に呑まれたが、基本的には放置されている。
「少なくとも、名目での準備は整った」
「ええ。わざわざ政府が理由を下さりましたからね」
これは、決してジャカルタの件を受けての思いつきではない。それこそ、東郷大将が大和に来た時から、計画されて来たものだ。但し、本当の理由を公表する訳にはいかず、こうして建前を手に入れることに奔走していた。だが、それももう必要のないことだ。
「ああ。そうだ、順番が狂ってしまったが、私が留守の間、何か報告すべき大事はあったかね?」
「いいえ。一寸足りとも前線は動かず、無意味な攻防戦を繰り広げましたよ」
「そうか。結構」
東郷大将は、静かに安堵の息を吐いた。東郷大将にとっては、これこそが最も望ましい結果であるのだ。米軍との決着は、間もなくつくこととなる。
「情報は、一切漏れていないだろうな?」
「ええ。もちろんですよ。戦艦同士の短距離通信以外では、この件は口にしていません」
「秘密は、知るものが増えるほど、加速度的に増えていく。くれぐれも、情報の保全に努めるようにな」
東郷大将は、冷ややかな双眸を伊藤少将に向ける。絶対に、秘密が漏れてはならないのだ。何処か信用のおけない伊藤少将には、釘を刺しておく。
「わかっていますよ、閣下。そんなに私を信用出来ませんか?」
伊藤少将は、肩をすくめる。
「いいや、信用している。ただ、幾分か、少将も変わったような気がしてな。まあ、信用出来ないのはいつものことだがな」
「何を仰りますか。私はいつでも生真面目な軍人ですよ」
「何処がだ?」
二人は笑いあった。それは、久しぶりの、まともに笑える話であった。まあ、伊藤少将の常日頃の行いは、常人が見れば信用など出来ないものだから、仕方もない。
「真面目な話にもどろうか」
「ええ」
再び、作戦の話に入る。一通り笑い終えれば、二人は真剣そのものだ。
「まずは、実行部隊を集めねばならん。まずは、加藤少将に伝え、その後、1000人強は欲しいな」
「1000人ですか。およそ戦艦2、3隻分の人員ですね」
「そうだ。大和、武蔵、そして出雲を合わせれば、ちょうどいい数だろう?」
「ええ」
まずは、作戦の中核として、ある程度の人を集めなければならない。全艦隊に作戦を布告しても、突然には行動出来ないだろう。ゆえに、事前に作戦を知る者が必要だ。また、あまり考えたくはないが、叛乱の中で反乱が起きた場合の憲兵としての役割も期待される。
「それと、向こうへの特使には、大和の近衛大佐を送ることにした」
「問題ありません。近衛大佐なら、上手くやってくれるでしょうね」
「ああ。あれは、存外頭がキレる奴だからな」
近衛大佐は、普段はふざけた親父のような男だが、いざとなった時の判断力は、東郷大将に比肩するものだ。また、大和の機関への理解の深さから、大和を最も適切に運用できる人物でもある。それも、東郷大将が全幅の信頼を置く所以だ。
「まあ、とりあえず、加藤少将に連絡しましょうか」
「そうだな。では、出雲に通信をかけるとしよう」
出雲も、現在は、隣の都市に滞在している。この程度の距離ならば、容易に電波は届くだろう。