焦土化作戦
(物理)ってやつですね。
「どうです?草薙の剣は?」
「ああ。全く、素晴らしいな……」
敵艦隊殲滅の後、鈴木大将は恭しくも、通信を寄越してきた。東郷大将は、ため息混じりに応える。
近衛艦隊の攻撃によって、恐らくテロリストとは関係のない生活圏が、ことごとく破壊された。確かに、こちらに犠牲は皆無であるが、これは、納得できないものである。
「で、どうしましょうか?この後には、敵の根拠地を爆撃する予定ですが」
未だに、敵の地上戦力は健在であると思われる。これを殲滅すべく、敵の潜伏地域への爆撃が予定されているのだ。これは、既に決まったことである。
「決まったことだ。それには異論はない」
「わかりました。では、これより20分後、爆撃を開始します」
「わかった」
通信は終わった。一度決めたことを情で覆すのは、軍人としては間違ったことである。東郷大将も、腹をくくった。
「全艦砲を、炸裂弾に換装せよ。目標を再度確認し、照準を整えよ」
第一艦隊もまた、その主砲を水平に向け、地上を狙う。その先には、ジャカルタの中心たる都庁や、その他の政府機関が詰め寄せている。そこには、確実に敵が立て籠っているのだ。
「降伏勧告は、もう一度しないのですか?艦隊が一瞬にして壊滅したとあれば、敵も降伏するかもしれません」
東條中佐は、縋るように言う。この時代、最大の戦力たる飛行艦隊を殲滅されれば、並大抵の都市には抵抗の手段はない。そんなことは常識であり、敵が降伏する可能性は、決して薄くはないのだ。
「確かに、今なら降伏するかもしれない。だが、爆撃は、既に決定したことだ。ここで計画を変更することは、軍紀に反する」
軍というのは、正当な理由がない限り、決定を反故には出来ない。ましてや、その理由が単なる情でしかないとあらば、尚更だ。
「だがな、中佐、我々は、アメリカ軍などではない。決して、無意味な殺生をしてはならない。それだけは覚えておけ」
「はっ。皇軍の兵たる者、そのようなことは致しません」
「うむ。結構」
東郷大将は、少し安心したように言った。その声には、いつもの覇気が蘇っている。
この爆撃を、無意味な虐殺にしてはならない。目標を達すれば、市民、軍人限らず救助するのが、軍人のあるべき姿である。帝国軍は、野蛮な米軍などとは違うのである。250年前の上海大虐殺は、まさに世界最悪の戦争犯罪であった。
そして、ついに時が来た。
「全艦、撃て!一切の敵を殲滅せよ!」
今度は、しっかりと整った砲撃である。全ての主砲が一斉に火を噴き(正確には少しタイミングがずれるが)、その全てが狙い通りに着弾していく。
目標の建物は、この攻撃で全て崩れ去った。
「鈴木大将は、また、草薙の剣を使うのですね」
「ああ。全く、その資源を前線に回して欲しいものだ」
近衛艦隊は、相変わらずプラズマ砲弾による爆撃をしている。その威力は凄まじく、第一艦隊が砕いた建物が、近衛艦隊の砲撃で溶けていく。着弾の度に閃光が煌めき、そこは地獄のようであった。
敵はあらかた滅んだだろう。
「上陸を開始する。各艦、揚陸挺を降ろし、地上部隊を展開せよ」
地形がめためたに破壊されたこの地には、飛行艦は降りれない。そして、そのような場合に備え、不整地にも降りれる艦をあらかじめ連れてきてあるのだ。揚陸挺の底には幾つかの足がついており、それで地上に自身を固定する。
牟田口大尉の部隊も、地上を制圧している。
「生存者は見当たりませんね」
「ああ。だが、おかしいと思わんか。ここは静か過ぎる」
周囲には一切の人影がなく、ただただ瓦礫の山が広がるだけである。
「全員が死んだだけなのでは?むしろ、私なら、これで生きれる気がしませんが」
こんな中で生存者がいるというのも、おかしな話だ。だが、それだけではないのである。ジャカルタという都市全体が、廃墟になったかのような印象を、牟田口大尉は受けた。そして、それは不安を増すだけである。
それは、現実になるのであった。
何処からか、唸り声のようなものが聞こえてきた。
「大尉、この声は……」
「静かに」
その音は、近近づいて来るように思えた。そして、それの正体は判明する。
「屍人だ!家から屍人が出てきた!」
街路を見やれば、左右のビルや家屋より、ゆっくりと、腐った人間が出てきた。それは、狂ったような声を上げながら、こちらに歩いてくる。そして、その数はどんどん増えていく。
「大尉、ヤバいですよ、これは。こんな数相手じゃ、あっという間に食い殺されますよ」
「ああ、くそ。全軍、至急撤退せよ!」
地上に降りた部隊はまだ少数だ。これでは、屍人に対抗出来ない。
地上部隊は、直ちに揚陸艇に舞い戻った。揚陸艇は飛び立ち、屍人がそれを追いかけていた。