降伏勧告
「では、始めましょうか」
「そうだな」
艦隊は、ジャカルタの手前20kmにまで迫っている。今にでもジャカルタを砲撃できる距離だ。また、近衛艦隊と第一艦隊は、見かけ上は巨大な一個艦隊と見えるように動いている。敵からすれば、絶望的な戦力差と見えるであろう。
そして、東郷大将は、これよりジャカルタへと降伏勧告を出す。正確にはジャカルタを選挙する叛乱軍へだが。
艦隊は整然と並び、叛乱軍へとその偉容を見せつけている。美しく並んだ10隻の戦艦は、毅然とジャカルタを向いている。
「ジャカルタに立て籠る反乱者に告ぐ。私は、大日本帝国陸軍、東郷五十六大将である。我々は、ここに、諸君らに降伏を勧告する。降伏の暁には、諸君らの処遇には最大限の配慮があると約束しよう。
現在、我々は、64隻の正規艦隊でもって、ジャカルタを攻撃する準備を整えている。私の指示があれば、即座にジャカルタを火の海にできる。諸君らに勝ち目がないことは、明白だ。
しかし、我々は、戦うことを望まない。無駄な抵抗は止め、平和のテーブルに着こうではないか。戦いは、双方にとって無益だ。
我々は、これより2時間だけ、一切の攻撃をせずに待つ。2時間以内に、指定のチャンネルにて降伏を受諾する旨を伝えよ。返答がなかった場合は、徹底抗戦を選んだものと判断し、これを殲滅する。
諸君らに、人としての正義を履行する意志があることを期待する」
ジャカルタの回線を全てハッキングするという荒っぽい方法で、東郷大将の言葉はジャカルタへと届けられた。東郷大将の言葉は、全ての敵へと届いただろう。
「勧告はした。受け入れるかは、わからんが」
「私としては、受け入れるとは思えません。そもそも、彼らに勝つ気などないと思われます」
東條中佐は、先に大阪であったテロを鎮圧した。そして、その時の経験から、「東アジア解放戦線」たるものの異常さを理解したのだ。
東條中佐は、東郷大将の期待とは逆に、この策には悲観的である。
「はあ、私はな、出来るだけ、人を殺したくないのだよ。そういう、老人の世迷い言と思ってくれ」
東郷大将も、敵が降伏はしないということは、薄々察している。だが、率先して殺すなどということも出来ない。せめて、敵が死を選んだという事実が欲しかったのだ。
「いえ、閣下。決して、ジャカルタに立て籠る輩が大阪と同質のものであるかはわかりません」
そう言う東條中佐の声も、幾分か弱気である。戦わずに済む未来は、見えそうもない。
そして、何も動かず、何の通信もないまま、2時間が過ぎ去った。
敵は、既に臨戦体制でいるように見える。それは、無言の宣戦布告なのだろう。今のジャカルタは、至って静かだ。
「東郷大将、我が艦隊は、これより攻撃に移ります。大将も、いいですね?」
「ああ。これより、既定の作戦に沿い、叛乱軍の殲滅を開始する」
「はい。では、さっさと終わらせましょう」
鈴木大将は、ちょっとした雑用をこなすかのように言う。鈴木大将にとっては、何の苦労もない仕事なのだろう。だが、通信を切れば、東郷大将も作戦を進めねばならない。
「全艦、進め」
沈黙を保ってきた艦隊は、ついに動きだす。また、ひとつに纏まっていた艦隊は、近衛と第一の2つに別れる。作戦では、僅かな敵艦隊を挟み撃ちにし、これを殲滅する予定である。
「敵、離陸し始めました」
敵も決戦の時を悟ったようだ。ジャカルタ中心部からは、30程の小型艦が飛び立つ。
「動きませんね」
「敵も、玉砕の覚悟なのかもな」
敵は、空中で陣を整えたきり、その場で静止している。
「敵の射程外から、攻撃を仕掛ける。作戦通りに行け」
敵には、最大でも巡洋艦しかいない。こちらの戦艦に備わった巨砲と比べれば、射程は著しく短い。このまま行けば、一方的に敵を沈められるだろう。だが、敵を挟んだ今でも、敵に動きはない。それは、自ら破滅を望むようであった。
「何故だ?何故、敵は動かない?」
「まあ、ただ、馬鹿なんじゃないですかね?」
考え込む東郷大将に、老獪な近衛大佐は声をかける。近衛大佐からすると、東郷大将は心配性すぎである。
「閣下、どう足掻いても、敵が勝つことなどないのです。是非とも、物事を簡単に考えては、どうでしょうかね?」
「そうだな。ここは、敵の出方を見るとしよう」
だが、その時、ついに敵が動き出したのだ。
「敵艦隊、近衛艦隊に対し、突撃を始めました!」
「そう来るか!」
敵は、全てをなげうったように、近衛艦隊へと加速し始めたのだ。