衝撃的な報告
崩壊暦214年9月21日18:12
「ほっ、本当、なのか」
大和に訪れたこの報告には、さしもの東郷大将も狼狽した。それは、テロリストを殲滅して落ち着きを取り戻していた第一艦隊の寝首を掻く事態である。
「はい。インドネシアで反乱が発生し、既にジャカルタが陥落しました。周辺の都市では、現在、軍と警察が応戦中です」
「戦況は?」
「ジャカルタを除いては、全般に、こちらが優勢です」
数ある都市の中で、ジャカルタだけが一瞬にして陥落した。これは、事前に綿密に計算されたとしか考えられない、敵の動きの故である。
テロを起こす場所、その後の制圧行動、軍港への襲撃、何もかもが計画通りだとしか思えないものだ。
しかし、一方で、それ以外の都市での叛乱は、敵ながらあまりにも杜撰なものであった。全く考えなしに各地でテロが乱立し、一応は民兵の体裁をとれているものの、現地の治安部隊は健在にして、鎮圧は数日中には終わると見られる。
よって、現状で最大の問題であるのは、ジャカルタである。
「ジャカルタの様子は?」
それを聞いた途端、これまで冷静沈着であった伝令が口をつぐんだ。それには、東郷大将も嫌な予感に駆られる。
「ジャカルタでは、まず、治安部隊が壊滅いたしました。そして、更には、その武器は、殆どが無傷です。それらは全て、叛乱軍の手に落ちました。その中には、飛行艦もいくつか含まれてあます」
「なるほど。つまり、それが第一艦隊に押し掛けた理由だな」
「まさしく、その通りであります」
ジャカルタには東亜最大の軍港がある。それが無傷で奪われたと言うのだ。更に、そこには半個艦隊に匹敵する飛行艦が駐留しており、自力で逃げおおせた艦を除いても、相当な数の艦が奪われただろう。最早、これは警察が何とかできる話ではなくなったのだ。
そして第一艦隊は、即戦力が欲しいこんな時に、偶然にも帝国本土にいるのである。まさか、これを使わない手はあるまい、というのが参謀本部の決定なのだろう。
「情勢は理解した。参謀本部と話すことにしよう」
「ありがとうございます、閣下」
伝令は去った。そして、東郷大将はまたもや参謀本部に通信をかける。安定の山本中将に要件を伝え、参謀本部の真意を問うのだ。
「はい。参謀本部からも、正式に、この度の叛乱を鎮圧するよう命じる方針です」
「了解だ」
どうやら、参謀本部は本気らしい。要件を聞き、東郷大将が通信を終えようとした時、山本中将が慌てながら言った。
「ああ、閣下。実は、今回の件は、軍だけでは行わないことになりました」
「ん?それは、どういうことだ?」
軍だけで作戦をやれないとは、厄介事の匂いしかしない。それは、東郷大将も不愉快になる事態だ。
「近衛師団が、作戦に加わります。また、残念ながら、天皇陛下の御判断である為、我々に拒否権はありません」
近衛師団とは、あの面倒な鈴木大将率いる部隊である。そして、近衛は帝国軍と指揮系統が独立し、天皇直属の部隊である為、尚更、面倒くさい。だが、天皇の勅令とあらば軍には拒否権はなく、共同戦線を張るしかないのだ。
「どうして、近衛師団が入ってくるんだ?」
「陛下の、兵が足りないだろう、という御聖慮により、です」
天皇は、ありがたくも軍を思いやって下さったようだ。しかし、東郷大将からすれば、いない方が良いのは明らかだ。それに、第一艦隊だけでも、戦力が足りないという訳ではない。寧ろ、十分すぎる程であろう。
当然ながら、天皇もそのくらいならばわかっているはずだ。これも、天皇の政治活動の一環に巻き込まれた公算が大である。果たして、天皇がかくも人間の如く振る舞うのは許されることなのか。より臣民と近い天皇、もしくは絶対的な現人神か。それは永遠に決着の着かない議論だろう。
「わかった。では、通信終わり」
「御武運を、閣下」
山本中将は画面より消える。
「ふう。さて、早速だが、全軍に出撃の準備をさせよ」
「了解しました」
ジャカルタ派遣の命を受け、第一艦隊は脈動を始める。戦闘のため、砲弾とミサイルを詰め込み、燃料も最大限にまで積んでいく。
「我が軍は、南方への先遣隊である。そして、これより行うは、叛乱の平定である。叛乱軍は寡兵ではあるが、決して、油断してはならない。武運を祈る。全艦、離陸せよ!」
第一艦隊は、次々と浮かんでいく。アメリカでの大艦隊と比べれば、些か少ないものだが、それでも、テロリストに対しては十分すぎる数である。
普通に考えれば、負ける筈はない戦だ。しかし、東郷大将が恐れているのは、敵が場当たり的な自殺攻撃などを仕掛けてくる可能性である。敵の性質からして、敗けを悟れば死に物狂いでの抵抗を始める可能性が否定できない。
それで多くの死人が出るのは避けたい。
ここに、不安に満ちた平定作戦は開始された。