南方争乱
崩壊暦214年9月21日15:11
ここは、インドネシアの首都、ジャカルタである、ジャカルタは海洋に面する典型的な都市であるが、その規模は東亜随一であり、東亜の海上交易の拠点となっている。
だが、そこに嵐が訪れようとしている。
ジャカルタ都庁の周囲では、大勢の人々が、大挙する軍人の列をかこんでいる。恒例の軍人パレードである。だが、今回は何だか様子が違うのだ。
警備に当たる警官らは、その異常を徐々に察し始めている。
決して明確な根拠があるというものではないが、どことなく不穏な空気を感じるのだ。そして、心なしか、群衆の視線が鋭く見える。
だが、その程度であると、警官は思っていた。どうせ、大したことにはならないと。何故なら、過去200年、この都市は平和の中にあったからだ。
その時、数人の集団が、列に飛び出してきた。当然ながら、警官はそれを制止する。それは、外套を纏った不気味な集団である。
「おい、危ないだろ。止まれ!」
だが、外套の集団は止まらない。ついに警官は、彼らを力で止めることを決意した。警官は彼らに近寄り、その道を塞いだ。
「おい!止まれと言ってるだろ!」
外套の集団は止まった。だが、それはただ止まっただけではない。
「おい、何して……なに!」
その瞬間、外套に手を突っ込んだかと思うと、男は静かに銃を取り出したのだ。そして、男は警官に躊躇いなく弾を放った。警官は倒れた。もう彼に息はなかった。
そしてその男は叫ぶ。
「立ち上がれ!圧政に苦しむ東亜の民よ!今こそ、東亜解放の時だ!」
男が宣言した途端、群衆の目が変わった。外套の集団を捕らえに来た警官らは、その周りの群衆に襲いかかられたのだ。
「おい!下がれ!下がれ!」「撃つぞ!」
警官は拳銃を群衆に向けた。だが、群衆は退かなかった。たちまちに群衆に呑まれ、その場にいた警官は全滅の憂き目に遭う。
群衆らは、たちまちに拡大していく。だが、彼らの目の前には軍隊がいるのだ。パレード中とは言え、彼らは訓練された軍人である。パレードは中断され、軍人が制圧に乗り出した。
帝国軍は銃を構え、更には戦車の機銃までも群衆に向けた。
「直ちに解散せよ!さもなくば、この場で射殺も厭わない!繰り返す!直ちに…うっ!……」「た、隊長!おい、救護を!」
その時、一発の銃声が響き、演説をしていた戦車長を貫いた。誰が撃ったかはわからないが、それはにらみ合いの状況を崩すのに十分だった。
「撃て!殺せ!」「鎮圧しろ!危害射撃だ!」
軍隊の銃が、一斉に群衆を襲う。それと全く同時に、群衆も手に持つ小火器を一斉に撃ち始めた。一瞬にして、一帯は戦禍に包まれた。無数の弾丸が、街路を飛び交う。
しかし、勝負はまもなくつきそうだ。帝国軍は数々の兵器を保持しており、小火器しかない群衆とは段違いの装備をしている。しかし、数が違いすぎるのだ。いくら機銃で人々を凪ぎ払っても、後ろから幾らでも弾丸が飛んでくる。
帝国軍人は、次々と倒れていった。戦車の中にも群衆は乗り込み、これも制圧されていった。
無数の屍を残したが、数分の戦闘で、帝国軍は全滅した。そしてその武器の殆どは奪われたのだ。
「このまま、都庁、警察庁、中央銀行を制圧するぞ!」
奪った兵器をもって、群衆は政府主要施設に迫る。道中、多くの者が列に加わった。戦車まで持った群衆は、ただの暴動では済まない程の脅威となった。群衆は、今や反乱軍となった。
反乱軍は、次々と政府の拠点に攻め込んだ。政府は、大した軍備を置いていなかった為、戦闘は常に一方的に終わった。ジャカルタの帝国軍と警察は壊滅し、ここは無法地帯となる。
「アーノルド大佐、他の都市の状況は、どうなっているんだ?」
「他も順調だ。この調子なら、インドネシアの独立も夢じゃないぞ、ルイス」
制圧きた都庁から、二人の男がジャカルタを見下ろしている。アメリカ陸軍のアーノルド大佐と、東アジア独立戦線の指導者、ルイス・タルクである。
ジャカルタで起こった叛乱は、既に計画されたものであり、それは周囲の都市でも起こっている。また、各所で飛行艦を奪ったとの報告もある。
ジャカルタが一番乗りだが、他の都市も直に落ちるだろう。煙上がる都市を眺めながら、二人は確信した。今、インドネシア第二次独立戦争が始まったのだ。