ちょっとした茶番
東京遷都二百周年記念帝都特別観艦式、漢字をとりあえず並べればいい的な思考でできたあれです。ドイツ語にはできて英語にはできないことですよね。
東京遷都二百周年記念帝都特別観艦式は終わった。だが、東郷大将には、まだ仕事が残っている。それも、観艦式の指揮とは比べものにならない大仕事である。
空港には、既に黒塗りの軍の車が手配されていた。普段なら将校の手際の良さを褒めるところだが、今回は来てほしくなかった。東郷大将は、車を見るとため息を吐いた。
だが、仕事は仕事である。運転手の将校に儀礼的に挨拶しつつ、東郷大将は車に乗り込んだ。ちなみに、この仕事は東郷大将だけのもにである。
車は帝都の中心部の進んでいく。外を見ると、相変わらずあちこちに日章旗や旭日旗が掲げられ、活気に満ちていた。人々を見ると、黒人、白人、黄色人種、あらゆる顔立ちのものが見えた。戦時下故にアメリカ人は居ないが、大日本帝国は全人類の平等の原則に極めて忠実であるため、帝都は日本人だけの都市ではない。
人種差別で有名な、彼のフランクリン・D・ルーズベルト大統領(450年前の旧アメリカ合衆国大統領)は、帝国を侵略し滅ぼそうと画策したが、東条英機首相の努力により、ついにそれは叶わなかった。そして、少なくともこの東亜からは、人種差別は消滅した。米帝の白人至上主義は、東亜から駆逐されたのだ。
そしてもちろん、黄色人種至上主義も、黒人至上主義もない。
さて、東郷大将は、鹿鳴館と揶揄される陸軍大会議場に到着した。西洋風の洒落た外観は、どう見ても会議場には見えないが、これは会議場なのだとされている。
案の定、中では立食パーティーが開かれている。これこそが、東郷大将の仕事である。
「お疲れ様です。東郷大将閣下。お荷物をお預かりしても宜しいでしょうか?」
「ああ、頼む」
「かしこまりました」
東郷大将の前に現れたのは、整いきったタキシードに身を包んだボーイである。東郷大将は、荷物を預けると、「会議場」の奥に進んだ。
そして、東郷大将はすぐに目的の人物を発見する。その者は、黒の軍服を纏い、剣の帽章の付いた帽子を被る、壮年の将校である。
「こんにちは。そちらは、ヒムラー大佐で宜しいかな」
「はい。私は、欧州合衆国陸軍大佐、ヨーゼフ・ヒムラーと申します。東郷五十六大将閣下で宜しいですよね」
「ああ。私が東郷だ」
「良かった。以後、お見知りおきを」
ヒムラー大佐は、如何にも優しそうな顔つきの男である。だが、同時に、プロの気迫も感じられた。歳は少し若いが、東郷大将と似たタイプであろう。
「今回の欧州戦艦の技量は、天晴れなものであった。特に、戦艦ビスマルクは、指定座標から誤差2m内に弾を当てたと言うではないか」
「ありがとうございます。我々の努力の成果を評価して頂き、誠に光栄ですよ」
「何か、訓練に秘訣はあるのかな?」
「秘訣?特にそういったものはありませんね。ただただ、不断の努力を続けるのみです」
二人は友好的に会話を交わしているように見えるが、その内容はお互いの腹の探り合いである。東亜と欧州の仲は、決して良好とは言えないものなのだ。
「近頃、ベルリン辺り、ドイツ州で反政府活動が活発だと聞くが、そちらはどうしているのかね?」
「我々は、言論の自由を最大限に尊重しますが、同時に、暴力的な活動には、毅然として実力を行使させて頂いています。勿論、武器の使用は、カイロ条約で定められた最低限度のものですよ」
「なるほど。うまくやっているようで、何よりだ」
ヒムラー大佐に口から出るのは、官僚の答弁のような陳腐な言葉である。まあ、これが無難であり、積極的に使っていくべきだというのは、東郷大将も承知のことである。
「アフリカへの介入は、どんな調子かな?」
「反乱軍の鎮圧ですか。長きに渡る闘いでしたが、いずれ方がつくでしょう」
「それは、何より」
ヒムラー少佐は、アフリカの件には余り触れられたくないようだ。その後も、暫く二人は世間話を続ける。
「では、閣下。閣下とお話し出来たことは、大佐の身からは大変な栄誉でありました。私は用が有りますので、この辺でお暇しようと思います」
「そうか。私も、貴重な欧州情勢を直接聞けて、有意義な会話であったと思うよ」
「またお会いしましょう、閣下」
「ああ。さようなら」
この時代、政府や国家は、非常に単純な物に再編制されている。よって、外交でも、多少はふざけられる程の人間味はあるのだ。
ヒムラー大佐は、足早に会議場を出て行く。だが、東郷大将には、まだ仕事が残っているのであった。