再びの呼び出し
これより、第五章開始です。なんと、東郷大将は戦争しません。
崩壊暦214年8月29日12:35
カルガリーでは、帝国軍の将兵達が戦勝祝いのどんちゃん騒ぎに中にある。神崎中佐と近衛大佐などは東郷大将が与えた休暇を存分に楽しんでいることだろう。
ただ、連合艦隊とカルガリーには問題が山積している。連合艦隊とて、無傷な訳ではない。寧ろ、大損害を負っている。その修理の為、ドックは今日もフル稼働中である。作業員の方々には同情を禁じえない。
また、落とした艦から助け出した捕虜の扱いも考えなければならない。その数は数千に上る。当然、全員処刑、何てことは出来ないので、米軍との交渉も必要だろう。食わす飯も調達せねばならず、また、捕虜の暴動などを防ぐ為に一定の兵力も必要である。まあ、捕虜だけでなく、それなりの艦艇も鹵獲できたので、結果オーライと言ったところだ。
それに、カルガリーの防空も強化すべきだろう。今回のような奇跡にはそうそう期待できない。草薙の剣に関しても、対策はいくらでもあるのである。あの米軍ならば、アンチプラズマ砲くらいなら作ってきそうだ。
そんなことを虚しくも考えているのは、大和の執務室に籠もる東郷大将である。長きに渡るデスクワークの疲れで、気を抜くとすぐに考え事を始めてしまうのだ。
だが、東郷大将が腕を伸ばしている時、扉から素早いノックの音が聞こえてきた。
「東條中佐であります。入室の許可を願います」
「ああ、入れ」
「失礼します」
東條中佐は、礼儀正しく執務室に入ってきた。彼もまた、大和の居残り組なのだ。中佐がドアを閉める時、東郷大将は、その手に握られたデバイスを発見した。
「また、仕事か」
東郷大将は、たいそう面倒くさそうである。既にいつもの覇気はなく、椅子にもたれかかるその姿は、凡将のようであった。
「はい、閣下。加藤少将から、以下の戦略物資の使用を許可してほしいとのことです」
そい言って東條中佐が差し出したデバイスには、鉄やニッケル、クロムなどなど、艦隊の修復に必要なものである。どうも、連合艦隊が予備として持っている分まで使いたいらしい。まあ、これ程の大損害であれば、備蓄を切り崩してもいいだろう。今回の戦闘では、沈んだ艦は少なかったが、大破、中破した艦が多かったのだ。
「結構。許可しよう。加藤少将に、宜しくな」
「了解しました、閣下」
用を済ませ、東條中佐は執務室を出て行った。
そして、東郷大将は再び事務仕事に追われる、と思った刹那、今度は、なにやら通信が入ってきた。東郷大将は、即座に通信をスクリーンに映す。
そこに映ったのは、初老の男、原首相である。
「おはよう、東郷大将」
「おはようございます、原首相」
「さて、本題に入りたいんだが……」
珍しく、原首相は少し気後れしているようだ。そして、東郷大将にしてみれば、嫌な予感しかしないのである。
「一言で言うと、第一艦隊には、一度帝都に戻ってきてもらいたい」
「こんな時に、帝都ですと?」
「ああ、そうだ」
「しかし、何故ですか?」
やっとカルガリーで一息つけるという時に、今度は帝都に戻って来いというらしい。なにをやれと言うのかと問うと、帰ってきたのは、意外な答えであった。
「観艦式、ですか」
20日後に、帝都で特別観艦式をするらしい。第一艦隊の休暇も兼ねて、観艦式の見栄えに為に、帝都に戻ってこいというらしい。どうも、それだけではない気がするが、東郷大将はとりあえず従っておく事にした。
「その仕事、喜んでお受けしましょう」
「助かるよ、大将。では、次は帝都で会おう」
「失礼致します」
「じゃあな」
通信は終了した。しかし、第一艦隊を引き抜かなければ観艦式ができないとは、帝国の戦略予備も底をついている。これでソビエト共和国との全面戦争にでもなったら帝国は滅びるのではないだろうか。
そして、国家というものは、世界で一番信用できない奴だ。不可侵条約を破ることさえ、歴史では日常茶飯事である。
そして、東郷大将は、東條中佐を呼び出した。数分で東條中佐は現れ、再びドアを丁寧に通ってきた。
「どうされたのですか?閣下」
「ああ、率直に言うとだな、帝都に戻ってこいだそうだ」
東郷大将は、あらかたの経緯を説明した。
「なるほど。それで、早速準備に取り掛かれ、ということですね」
「そうだ。頼むぞ」
「了解しました」
東條中佐は、部屋を去って行った。だが、その背中からは、哀愁の念が感じられた。こうも立て続けに仕事があると、さしもの帝国士官でも、疲れるものなのだ。